ベーリンガーインゲルハイムのDX戦略を解説

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北爪 聖也

株式会社pipon代表取締役。 キャリアはADK(広告代理店)でテレビ広告運用をして残業120時間するが、ネット広告では自分の業務がAIで自動化されていることに驚愕する。そこで、機械学習受託会社に転職し、技術力を身につけた後、piponを創業。現在、製薬業界、大手監査法人、EC業界、様々な業界でAI受託開発事業を運営。

はじめに

今回は、ドイツの製薬大手であるベーリンガーインゲルハイム(Boehringer Ingelheim、以下、ベーリンガー)が推進するDX戦略を解説します。近年、製薬業界でもビッグデータを使った創薬プロセスの変革や、最新のデジタル技術を使った治療アプリなどさまざまな新しいソリューションが開発されており、各社の競争はますます激しくなっています。製薬大手のベーリンガーでも、量子コンピューターの活用やアニマルヘルスの変革などデジタル技術を使ったさまざまな取り組みを発表しています。今回は、ベーリンガーで推進しているDXの取り組みを見ていきます。

ベーリンガーにおけるDX推進の取り組みについて

ベーリンガーは、人工知能(AI)、機械学習、データサイエンスなどの主要分野を含む広い範囲でデジタル技術への投資を大幅に増やし、疾患やその要因、バイオマーカー、デジタル治療薬に関して、さらなる知見を得ることを目指しています。

1) 量子コンピューターの活用

ベーリンガーはGoogleと提携し、医薬品の研究開発や分子動力学シミュレーションにおける量子コンピューターの活用事例の研究と、その医薬品開発への実装を進めることとしました。この提携は、ベーリンガーの持つコンピューターを利用した医薬分子設計やインシリコモデリングの分野の知識と、Googleの持つ量子コンピューターおよびアルゴリズムに関するリソースを結びつけるもので、ベーリンガーは量子コンピューター分野でGoogleと提携した世界初の製薬会社です。

今回の提携はベーリンガーのDX戦略の一環で、同社の有望なパイプラインをよりうまく活用することで、最終的には患者により多くのブレークスルーをもたらすことを目的としています。コンピューターを使ったアプローチは、すでに革新的な新薬開発の基礎となっており、人々の健康増進に大きく貢献しています。しかし、現在のコンピューターでは、そのアルゴリズムの構造から、疾患のメカニズムに関連する分子のシミュレーションや分析など、医薬品開発の初期段階における複雑な課題の多くを解決できません。

量子コンピューターを使うことで、現在よりもはるかに大きな分子を正確にシミュレーションしたり比較したりできる可能性があり、これにより、医薬品を変革する機会やさまざまな疾患に対する治療法を生み出すことが期待できます。量子コンピューターは非常に新しい技術で、将来、より多くの人に画期的な医薬品を提供できるようになることを、ベーリンガーは目指しています。

ベーリンガーは、量子コンピューターの可能性を最大限に発揮させるために、今後数年間で多額の投資を行うとのことです。同社は、すでに専用の量子ラボを設置しており、学術界や産業界などから、量子コンピューティング分野の優れた専門家を積極的に採用しています。産業界と学術界のパートナーシップが、それぞれのチームを補完し合って成果を出すことが期待されています。

2) デジタル技術を生かした新たなソリューション開発の取り組み

ベーリンガーは新たな取り組みとして、健康データのクラウド化の研究を進めています。具体的には、健康関連のデータを直接クラウドにアップロードして、世界中のどこからでもアクセスできるようにするマイクロチップの開発が挙げられます。クラウドに保存されたデータは、研究を促進するだけでなく、病気の予防や早期発見にも役立ちます。マイクロチップ技術は、現代の医療システムに変革をもたらすことが期待できます。

また、ベーリンガーはデジタルドクターのプロジェクトも進めています。デジタルドクターとは、携帯式の診断装置で、聴診器のようにプローブを患者に当てるだけで診断結果が表示されたり、人間の体の中を見ることができたりする技術です。もう少し簡単なものであれば、いつもそばにいて患者の質問に答えてくれる、日常生活をサポートしてくれる、ある種のウイルスが増えてきたときに警告を発してくれる、血圧を測定して潜在的な健康リスクを特定してくれる、といった使い方も考えられます。デジタルドクターは非侵襲の診断装置の理想的な形態と言え、患者の負担軽減につながります。

3) 自然言語処理(NLP)の取り組み

ベーリンガーは、フランスのAIソフトウェアスタートアップKairntech社と、テキストベースの情報分析を中心とした業務で提携することとしました。今回の提携は、Kairntech社からAIプラットフォーム「Sherpa」のライセンス供与を受けて進めるものです。ベーリンガーは、創薬は知識主導型のビジネスと考えており、出版物、特許、会議のアブストラクトやウェブサイトの中の構造化されていないテキストとして存在している知識は、新薬の発見を目指す研究者にとって非常に重要なものです。

したがって、強力なAIとNLPソフトウェアは、ベーリンガーの研究者が効率的かつ迅速に知識を発見するために不可欠なもので、ベーリンガーはKairntech社のSherpaを採用することとしました。採用にあたっては、ベーリンガー特有の要求に基づく文書の分類など、数多くのタスクにおいてソフトウェアの性能を評価しています。このプラットフォームの強みは、強力な機械学習手法が実装されている一方で、直観的な操作が可能であり、ドメインの専門家が複雑なルールの作成やプログラミングを行うことなく、新しい文書処理モデルのトレーニングや微調整を行うことができることです。

つい最近まで膨大な手作業を必要としていたタスクも、今日ではディープラーニングなどの新しい手法で効率的に処理できるようになっています。ベーリンガーはこのプラットフォームを使って、創薬プロセスの短縮を図っていきます。

4) アニマルヘルスの変革

ベーリンガーは、家畜向けの健康分野でもビジネスを展開しています。動物の健康分野では新しいテクノロジーの普及により、犬や猫のためのスマートデバイス、オペレーションの最適化や動物の健康状態が改善できる精密畜産などの技術が生まれています。ベーリンガーは米国の養豚場で、動物の健康を維持し農家の効率化を支援するためのデジタル技術のトライアルを行いました。豚舎にはデジタルモニタリングツールであるSoundTalksシステムを設置し、豚の鳴き声を24時間記録します。豚の咳のパターンの変化を、人間の耳に聞こえる前に、アルゴリズムによって検出し、呼吸困難の兆候を検出すると農家のモバイルアプリに警告を送ります。

初期の実験で、SoundTalksシステムは農家が気づく3~4日前に豚の咳の増加を検出しました。咳の増加を検出したあと、豚の唾液を採取して検査をした結果、呼吸器系疾患の発症が確認されました。豚の咳の増加を早期に発見することで、農家や獣医師は速やかにサンプルを収集して診断を下すことができ、病気の豚の健康状態を改善するとともに、近隣の動物への感染リスクを抑えることができます。呼吸器系の病気やその他の病気のために、多くの豚が犠牲になり、多額のコストがかかっているので、このシステムにより生産者の収益を向上させることが期待できます。

ベーリンガーは、世界の主要な養豚市場にもSoundTalksシステムを導入し、新しい技術が養豚業者にどのように役立つかを調査する実地テストを行っており、農家からのフィードバックデータを収集して分析し、SoundTalksの可能性を見極めていくとのことです。

おわりに

今回は、ベーリンガーのDX戦略を紹介しました。他の製薬会社と同様に、ベーリンガーも量子コンピューターの活用やアニマルヘルスの変革など、デジタル技術を使った新たなソリューションの開発を進めています。ベーリンガーは、人だけでなく動物を対象としたソリューションの開発も進めており、その動向は大変興味深いと言えます。

参考サイト

Quantum Computing: Boehringer Ingelheim and Google Partner for Pharma R&D

Of virtual pigs and digital doctors

German Pharma Company Boehringer Ingelheim licenses AI/NLP Platform from Kairntech

A brave new world: How digital innovation is transforming animal health