ヤンセンファーマのDX戦略を解説

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北爪 聖也

株式会社pipon代表取締役。 キャリアはADK(広告代理店)でテレビ広告運用をして残業120時間するが、ネット広告では自分の業務がAIで自動化されていることに驚愕する。そこで、機械学習受託会社に転職し、技術力を身につけた後、piponを創業。現在、製薬業界、大手監査法人、EC業界、様々な業界でAI受託開発事業を運営。

はじめに

今回は、ベルギーの製薬会社でジョンソンエンドジョンソン(J&J)グループに属するヤンセン(Janssen)が推進するDX戦略を解説します。近年、製薬業界でもビッグデータを使った創薬プロセスの変革や、最新のデジタル技術を使った治療アプリなどさまざまな新しいソリューションが開発されており、各社の競争はますます激しくなっています。ヤンセンでも、デジタルツールの開発やデジタル企業の支援など、デジタル技術に関するさまざまな取り組みを発表しています。今回は、ヤンセンで推進しているDXの取り組みを見ていきます。

ヤンセンにおけるDX推進の取り組みについて

1) 炎症性腸疾患用デジタルツールの開発

ヤンセンは欧州の炎症性腸疾患(IBD)患者向けに、医療機器Care4Today IBDを発売しました。本ツールは当初、クローン病のみを対象に開発されましたが、潰瘍性大腸炎の患者にも対応できるよう改良されました。Care4Today IBDは医療関係者と患者とのコミュニケーションをより緊密にするもので、以下を可能にします。

・医療関係者と患者のコミュニケーションを深めることで、症状をより適切に管理できるようになる
・症状を常時追跡することにより、病気に対する患者の意識を高められる
・収集したデータをもとに、適切な時期に適切な治療を施せる

Care4Today IBDは、直感的で使いやすいモバイルアプリケーションとデジタルHCP(healthcare provider)ポータルで構成されており、患者から収集した重要なデータを医療関係者に簡単に転送できます。

このツールを使って、痛み、便通、体重、疲労、QOL、便中カルプロテクチンなどのパラメータに関する質問やトラッカーに定期的に回答することで、患者は自分の症状を追跡できるとともに、医療関係者もポータルを通じて患者の症状を追跡でき、診察の際には収集した多くの情報に基づいて、具体的な話し合いが可能になります。

Care4Today IBDを革新的なツールにしている強みの一つに、家庭での便潜血検査を可能とするツールCalproSmartと連携させられることが挙げられます。この連携により患者は自宅で炎症マーカーを測定でき、その結果はアプリとHCPのダッシュボードにアップロードされるため、病院での検査に比べて検査時間や待ち時間が大幅に短縮できます。

2) デジタル企業の支援プログラム立ち上げ

ヤンセンは、予測診断と精密医療に特化したスタートアップ企業のために、9か月間の支援プログラムを立ち上げました。参加する企業は、予測診断モデルやソリューションを用いた治療開始プロセスの改善や、バイオマーカーや言語データを利用した精密医療管理ツールの作成などをテーマに取り上げることが求められます。

このプログラムは、選出されたスタートアップ企業に対し、ヤンセンとiPEPS社(フランスのインキュベーター)による9か月間のサポートと指導を受けられ、かつ、パリのピティエ・サルペトリエール病院にあるiPEPS Living Labにアクセスできます。さらに、投資家や専門家など、スポンサー以外とのネットワークを構築する機会を得られます。

このプログラムにより、ヤンセンは優れたデジタル企業をいち早く囲い込み、新しいデジタルソリューションの早期開発につなげることを狙っています。

3) 自閉症の診断ツールの開発

ヤンセンは、自閉スペクトラム症(ASD)の臨床試験結果を評価するシステムJanssen Autism Knowledge Engine (JAKE)を開発しました。このシステムは、より鋭敏にASDの治療結果を測定したり、サブグループ集団を特定したりすることを目的としています。

ASDは遺伝的要因と環境的要因が組み合わさって、社会性の欠如、反復行動、コミュニケーションの困難さを特徴とするさまざまなタイプがあります。よって、すべての人に当てはまる共通の薬や治療法はなく、個別の症状に応じてさまざまな治療法を選択する必要があるため、治療を難しくしています。これは、ASDを治療するための薬の臨床試験を行っても、その薬が効いているかどうかを、簡単かつ効果的に評価できないという問題につながります。

薬物療法により、イライラや気分の落ち込みなど、一部の症状を和らげることはできます。しかし、ASDの中核的な症状である社会的コミュニケーションの障害や、行動や興味が制限されたり反復されたりする症状に関しては、薬物療法の効果は患者によりまちまちで、その効果測定が非常に難しいです。

このような状況で効果を発揮するのがJAKEです。JAKEはASD患者の関係者に対し、患者に個別化された電子健康記録を提供する世界初のデジタルシステムです。JAKEにはバイオセンサー技術が採用されており、研究者が患者の身体のセンサーを使うことで、親や介護者では把握しきれない行動症状の情報を収集できます。

ここで得られた情報は、ヤンセン・データ・パイプラインに流され、研究者はデータを詳しく分析できます。JAKEがあれば、異なる症状のASDを治療するために、医薬品を開発して試験することが容易になると考えられます。

4) アルツハイマー病のためのデジタルバイオマーカーの開発

ヤンセンはMedopad社と提携し、ReVeReプラットフォームを用いてアルツハイマー病の新しいデジタルバイオマーカーを開発することで、病気の早期発見を目指しています。
ReVeReはヤンセンによって開発され、検証が進められているプラットフォームです。アルツハイマー病のリスクがある人の言語記憶について、遠隔かつ自動で評価・モニタリングすることを目的としています。

ReVeReはiPad上で動作し、注意力や実行機能の検査に加えて、Rey Auditory Verbal Learning Test (RAVLT)の実施と評価を自動で行います。ここでRAVLTとは、アルツハイマー病を初期の段階で診断できる評価方法のことで、アルツハイマー病の早期発見につなげられます。

Medopad社はNHSやその他の国際的な医療システムへのデジタルヘルスケアソリューションの導入と展開の経験を生かして、ReVeReを英国と中国の患者グループに展開する予定です。この共同研究の目的は、家庭で使える自動認知ツールを導入することで、アルツハイマー病による初期の認知機能低下を、リアルワールドの中で、高い信頼性で検出できるようにすることです。

ReVeReが臨床的に検証できれば、非常に低コストでアルツハイマー病のスクリーニングが可能になります。また、患者は自身の症状の進行を把握でき、医療関係者は病気の進行に応じて治療法を調整できるなど、患者と医療関係者の双方にメリットを与えることが期待できます。

おわりに

今回は、ヤンセンのDX戦略を紹介しました。他の製薬会社と同様に、ヤンセンもさまざまなデジタルツールの開発を中心に、デジタル技術を使ったソリューションの開発を進めています。ヤンセンはJ&Jグループの一員なので、J&Jと協同で革新的なソリューションを生み出す可能性もあり、その動向が注目されます。

参考サイト

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