イーライリリーのDX戦略を解説

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北爪 聖也

株式会社pipon代表取締役。 キャリアはADK(広告代理店)でテレビ広告運用をして残業120時間するが、ネット広告では自分の業務がAIで自動化されていることに驚愕する。そこで、機械学習受託会社に転職し、技術力を身につけた後、piponを創業。現在、製薬業界、大手監査法人、EC業界、様々な業界でAI受託開発事業を運営。

はじめに

今回は、米国の製薬大手であるイーライリリー(Eli Lilly)が推進するDX戦略を解説します。近年、製薬業界でもビッグデータを使った創薬プロセスの変革や、最新のデジタル技術を使った治療アプリなど新しいソリューションが開発されており、各社の競争はますます激しくなっています。世界製薬大手のイーライリリーでも、デジタルプラントの構築などデジタル技術を使ったさまざまな取り組みを発表しています。今回は、イーライリリーで推進しているDXの取り組みを見ていきます。

イーライリリーにおけるDX推進の取り組みについて

1) ウェアラブルデバイスの開発

イーライリリーは30年以上にわたり、アルツハイマー病との闘いを主導しており、慢性疾患の患者の生活を改善できそうなツールを見つけるために、デジタルヘルスの適用範囲を拡大しています。

同社はEvidation Health、Appleと共同で、ウェアラブルデバイスのフィージビリティスタディを実施しています。この研究は、12週間にわたって60~75歳の113人の参加者を対象にしており、iPhone、Apple Watch、iPad、睡眠モニタリングデバイスBedditをデジタルアプリと組み合わせて使用して、軽度の認知障害のある人とない人の間で、認知や行動の違いを識別できるかを調べました。参加者の同意を得て、デバイスからのセンサーデータ、気分や気力に関するアンケート、デジタルアプリによる評価など、さまざまな情報源から 、16 テラバイトものデータを収集して分析しました。

その結果、軽度認知障害と軽度アルツハイマー型認知症を、ウェアラブルデバイスで区別できる可能性があることが分かりました。

今回の研究結果は、軽度認知障害やアルツハイマー病などの慢性疾患を特定する上で、ウェアラブルデバイスの利点についての重要な知見を得られるものと言えます。これらの知見は、最終的には神経変性疾患を検出したり、ハイリスクな人を早期にスクリーニングしたりできるツールの開発につなげられる可能性があり、具体的には以下を期待できます。

・軽度認知障害や軽度のアルツハイマー型認知症と診断された人の症状を監視する

・軽度認知障害につながる可能性のある認知機能の変化を検出する

・治療の有効性を検証する

・従来の診断ツールと併用して診断の精度を向上させる

2) 製造プロセスにおけるデジタル技術の活用

イーライリリーではロボット工学、データ分析、人工知能(AI)などの技術を医薬品の製造プロセスに適用する取り組みを進めており、「デジタルプラント」と呼んでいます。例えば、重い箱を持ち上げるロボットを採用して労働災害のリスクを低減したり、製造後の検査ではなくリアルタイムの検査したりなど、安全や品質を確保することで、コスト低減にもつなげています。

このプロジェクトを進めるにあたっては、まずは何が問題なのか、どこに無駄があるのか、何をしなければならないのか、煩わしいことは何かなどを、製造現場に聞くことから始め、創造的な解決策を考えます。この「創造的思考」の段階で、テクノロジーが活躍するのです。したがって、創造的思考を行う前に、我々自身のデジタルスキルを向上させるための教育訓練も実施しました。
製造プロセスの変革の初期は、ロボットを活用して、手作業で行っている原材料のハンドリング工程を自動化することから始めました。例えば、6軸のロボットアームを使って梱包ラインに資材を投入したり、無人搬送車を使って倉庫から製造ラインに材料を運んだり、移動ロボットで工場内を清掃したりと、簡単だけど煩わしい作業を自動化しました。最近では、さまざまなデータの傾向やパターンをより迅速かつ効果的に検出するために、高度なデータ分析を使用したプロジェクトを進めています。例えば、自然言語処理を使って苦情のパターンを見つけたり、データモデルを使って工程内不良を予測したり、AI技術を使ってサプライチェーンデータの不具合を特定して修正したりすることです。同時に、機器やシステムのライフサイクルを予測して、新しい設備にデジタルプラントの機能をあらかじめ組み込めるようにしています。

また、イーライリリーはビッグデータとその分析を非常に重視しており、彼らのデジタルプラントのビジョンであるスマートマニュファクチャリングを実現する上でも、大きな役割を果たしています。それは、ビッグデータとその分析自体が重要であることは言うまでもなく、IoTやロボティクスなどのその他のテクノロジーの多くの基盤となるものだからであり、同社では過去10年以上にわたり、データ基盤の構築に投資してきました。その結果、大量のデータの中から必要なデータを探して統合する時間が最小限に抑えられ、スタッフはデータの分析に集中できるようになりました。

高度なデータ分析のプロジェクトの例としては、非構造化データの自然言語処理、スマート検索、データストレージ用のクラウドサービス、機械学習のためのAIプラットフォームの評価などが挙げられ、現在もさまざまな活動がなされています。

3) デジタルツールを活用した顧客とのコミュニケーションの強化

イーライリリーは、顧客とのコミュニケーションを強化するために、デジタルツールを積極的に活用しています。デジタル技術を活用することにより、顧客レスポンスを向上させ、必要な時に必要な情報を迅速に届けることを目指しています。具体的には、オンラインでの情報提供を専門に行う「e-MR」、医薬品の適正使用に関する情報などのメールを担当のMRから送付する「Lilly Mail」、学術情報を提供する「e-学術」、大量のFAQを掲載したウェブサイト「Lillymedical.jp」の運用です。

e-MRは、医師が都合の良い日時を予約して専用サイトにアクセスし、画面上で同社の専任MRとやり取りできるシステムで、現在もe-MRの人数を積極的に増やしているとのことです。

e-学術は、同社の学術担当者が医療関係者と、ビデオチャットなどのオンライン環境で情報交換するしくみです。オンライン環境で学術情報を効率的に医療関係者に提供できるため、学術担当者と多忙な医療関係者との面会の調整に必要な時間が、大幅に削減できます。
LillyMedical.jpは、FAQや学術情報を豊富に掲載しているウェブサイトです。いわば、大きなデータバンクであり、医療関係者は重要な情報を容易に取得できるメリットがあります。

4) RPAを使った業務効率の改善

イーライリリーではグローバルでDXを進めており、間接部門を含めてデジタル化の推進やとプロセスの合理化に取り組んでいます。一部のプロセスには、RPAを導入して業務の自動化を図っています。自動化されたプロセスの例として、営業担当者への報奨金支払い通知、支払い手続き業務、マーケティングのための会議やセミナー関連の業務、営業担当者への顧客訪問スケジュールの提案、臨床試験のための文書作成などがあります。

例えば、支払い手続き業務の自動化の例では、従来、同社の営業部門では、事務アシスタントが手作業で重要な情報を処理していましたため、支払い手続き作業に遅延が生じ、顧客である医師の業務にも影響を与えていました。

しかし、支払い確認を自動化するRPAを導入し、支払い通知書を自動で作成して配布できるようにすることで、生産性の向上や医師への通知を迅速化を実現できたとのことです。

おわりに

今回は、イーライリリーのDX戦略を紹介しました。他の製薬会社と同様に、イーライリリーもウェアラブルデバイスの開発やデジタルプラントの導入などを進めています。イーライリリーはビッグデータとその解析の重要性を理解して、10年以上も前からビッグデータ関連に投資を行っており、その成果が注目されます。

参考サイト

Lilly, Evidation Health and Apple Study Shows Personal Digital Devices May Help in the Identification of Mild Cognitive Impairment and Mild Alzheimer’s Disease Dementia

Digital Transformation at Lilly Manufacturing

Sanofi on digital therapeutics — and how it helps patients