はじめに
この世界には非常に多くの疾患がありますが、その中には糖尿病のように多くの人が患っている疾患もあれば、患者数がまれな疾患もあります。
患者がとても少ない疾患をまとめて「希少疾患」と呼んでいますが、一般的な疾患に比べてさまざまな問題があることは、容易に想像できるでしょう。
希少疾患が抱える問題の一つに早期発見が難しいことが挙げられており、早期発見のための取り組みが各所で進められています。
今回は、希少疾患を早期に見つけるためのさまざまな活動事例を詳しく紹介します。
希少疾患とは
希少疾患とは読んで字のごとく、患者が非常に少ない疾患を指しますが、希少疾患に該当する患者数の基準は統一したものはなく、各国で異なっているのが実情です。
例えば、日本では患者が5万人未満の病気を希少疾患と定義していますが、アメリカでは20万人未満、欧州では人口1万人に対し5人未満の病気が希少疾患とみなされています。
各疾患の患者は非常に少ないものの、世界全体では6000を超える種類の希少疾患が存在すると推測され、希少疾患の患者数の合計は世界で約3.5億人にのぼるとの報告があり、しかも医学界では絶えず新しい病気が論文で発表されている状況です。
希少疾患は症例が限られるがゆえに原因の解明が非常に難しく、希少疾患と診断されても医療現場でできる治療には限りがあります。
希少疾患の多くは難治性の疾患であることから、希少難病と呼ばれることもあります。
希少疾患の問題
希少疾患には、医学的および科学的知見が欠如していること以外にも、以下のような解決すべき現実的問題があります。
・患者は希少疾患を知らないので、医療機関への受診が遅くなる
・健康診断で病気が見つからない
・専門医をすぐに見つけられない
・正しい診断を得られるまで時間を要する
・治療の選択肢が限られる
・希少疾患に対応可能な病院が少ない
・希少疾患はあまり認知されていないので、周囲に大変さを理解してもらえない
・医療費や通院など、経済的にも体力的にも患者や家族の負担が大きい
希少疾患を取り巻く問題は広範囲に渡っています。
その中でも特に、希少疾患を早く正確に見つけたり診断したりできることは、その後適切な治療を行うためにもとても大切です。
希少疾患を早期に発見するための取り組み事例
希少疾患の早期発見の取り組みは各所で進められているので、その事例を見ていきます。
武田薬品の遺伝性血管性浮腫に対する取り組み
武田薬品は希少疾患である遺伝性血管性浮腫(HAE)の早期発見を目指し、各社と提携して精力的に取り組んでいます。
HAEとは顔やのどなど全身のさまざまな場所で、急に皮膚や粘膜が腫れたりむくんだりする遺伝性の病気です。
患者は全世界で5万人あたり1人の割合でいると言われており、日本では約2500人の患者がいると見込まれています。
しかし、HAEに対する認知度が低いこともあり、日本でHAEと診断されているのは450人程度とのことです。
HAEの早期発見に向けて、武田薬品がデジタル企業と共同で取り組んでいるプロジェクトを紹介します。
Ubie社とのプロジェクト
武田薬品はUbie社と、HAEの早期発見と適切な診察のサポートを提供するサービスに、共同で取り組んでいます。
この取り組みでは、両者が提携して医師と患者を支援します。
Ubieはこれまで、適切な受診行動をサポートする「AI受診相談ユビー」と、医師の業務の効率化を支援する「AI問診ユビー」という人工知能(AI)を生かしたサービスを提供してきました。
「AI受診相談ユビー」は生活者向けのサービスで、誰もが適切なタイミングで、適切な医療を受けられるサポートの提供を目指しています。
スマートフォンやパソコンから所定の質問に回答することで、関連すると推測される疾患とおすすめの受診先を教えてくれます。
現在の症状から、どの診療科を受診すべきか分からないときに重宝するサービスです。
「AI問診ユビー」は医療従事者向けのサービスで、患者が医者に申し立てる主要な症状、年齢、性別、季節などの要素をもとに、人工知能が最適な質問を自動で作成するWeb問診システムです。
今回の提携で、両サービスにおいてHAEに関する情報提供が手厚くなります。
「AI受診相談ユビー」でHAEに関連する症状の回答がされると、HAEの情報以外に武田薬品のHAEサイトへのリンクが表示され、HAEについてより多くの情報を得られます。
「AI問診ユビー」において、患者が問診でHAEに関連する症状を伝えると、医師が問診内容を確認する画面でHAEに関する詳細な情報が表示され、適切な診察のサポートに役立てられます。
今回の提携は、Ubieが展開する生活者と医療従事者向けのサービスと、武田薬品が持つHAEに関する知見を生かした取り組みで、HAEの早期発見につながることが期待されます。
エクスメディオ社とのプロジェクト
武田薬品はHAEの早期発見を目的に、エクスメディオ社とともに「希少疾患発見パッケージ」を開発しました。
希少疾患発見パッケージは、「HAEチェッカー」と「HAEコンサルト」で構成されているツールです。
「HAEチェッカー」は、AIや自然言語解析などエクスメディオが有する技術を生かして、希少疾患の診断基準や専門医の持つノウハウなどを対象に自然言語解析を行い、元の情報から希少疾患の疑いを精度よく発見するツールです。
「HAEコンサルト」は当該疾患が専門でない医師が、匿名で当該疾患の専門医に診断や治療方法のアドバイスを受けられる、医師間の遠隔相談ツールです。
エクスメディオが提供している医療者向け臨床課題解決サービス「ヒポクラ × マイナビ」では、会員である医師が日々の診察における問題や疑問などを投稿しています。
その投稿に対して「HAEチェッカー」を作動させることで投稿内容からHAEの可能性を見つけ、投稿した医師に対して「HAEコンサルト」を受けることを促す流れです。
まずは、HAEを対象にサービスを開始しますが、将来的にはさまざまな希少疾患に展開することを目指すとのことです。
新生児マススクリーニングの展開
希少疾患の患者を発見する方法の一つに、「新生児マススクリーニング」という検査があります。
希少疾患は先天性の病気であることが一般的ですが、その中には早期発見・治療により発病を防ぎ、正常な成長発達が得られるものがあります。
新生児マススクリーニングは、選定性の病気を生後速やかに見つけて治療を始めることにより、生まれ持った病気から子供たちを守ることを目的とした検査です。
日本では1977年から開始されている公的事業で、現在は25種類の疾患を対象に検査されています。
希少疾患は発病しても正しい診断をされるまでに時間がかかり、その間に重症化してしまう恐れがあるため、発病前の新生児期にマススクリーニングで病気を発見する意義は大きいと言えるでしょう。
子供向けのチェックツールの開発
バイオジェン、サノフィ、日本新薬の3社は、早期診断が難しいNMD(神経筋疾患)を早期に発見するためのチェックツールを共同で開発しました。
NMDは進行性の病気なので、早期受診と早期診断が重要とされています。
NMDとは、脳やせき髄、末梢神経、筋肉などの異常により、運動機能に影響をおよぼす病気の総称で、代表的な疾患に脊髄性筋萎縮症、ポンぺ病、デュシェンヌ型筋ジストロフィーなどがあり、いずれも希少疾患に位置付けられます。
この取り組みは、「もしかしてNMD(神経筋疾患)」プロジェクトとして、子供たちのNMDを早期に発見し診断することを目的に立ち上げられました。
子供たちが楽しみながらも病気の早期発見につなげられるよう、ダンスとクイズを使ったツールでNMDに気づけるようになっています。
これらのツールは家庭、保育園、幼稚園などで利用できるよう、ウェブサイトと紙媒体で提供されています。
医師間の情報共有強化の取り組み
医師の間で情報共有を強化する取り組みも見られます。
医師向けに「MedPeer(メドピア)」というのコミュニティサイトがあり、国内10万人以上の医師が参加しています。
九州大学病院(九大病院)とMedPeerが提携し、九大病院が取りまとめる新型がん治療薬を安全に使うための副作用対策に関する情報を「MedPeer」内で配信を開始しました。
これにより、会員は九大病院が有する副作用に関する情報や、その解説動画にアクセスできるようになります。
この取り組みは、新型がん治療薬に関するものですが、このようなしくみは希少疾患にも適用できることが期待できます。
希少疾患に関与する機会が少ないと、なかなか希少疾患に気付かず正確な診断が遅れ、治療が後手に回ってしまいます。
少ない症例を多くの医師の間で共有することにより、希少疾患をより早く診断することが可能となるでしょう。
おわりに
今回は、希少疾患を早期に発見するためのさまざまな取り組みを紹介しました。
希少疾患は症例が少ないため、治療薬の開発や治療法の確立だけでなく正確な診断すら大変困難を伴います。
しかし、希少疾患だからと言って手をこまねいているわけではなく、AIを使ったサービスの提供や医師間のネットワーク強化など、希少疾患の早期発見に向けたさまざま取り組みが産学官の各所で進められています。
デジタル技術は大きな進化を遂げており、新たな技術を使って従来は発見が困難だった希少疾患を、速やかに見つけられるようになることが期待されています。
参考サイト
希少疾患の早期診断をサポートする医師向けサービスを指定難病・遺伝性血管性浮腫(HAE)で開始
九州大学病院と医師専用コミュニティサイト「MedPeer」、新型がん治療薬の副作用対応策をオンラインで全国の医師に共有