第一三共のDX戦略を解説

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北爪 聖也

株式会社pipon代表取締役。 キャリアはADK(広告代理店)でテレビ広告運用をして残業120時間するが、ネット広告では自分の業務がAIで自動化されていることに驚愕する。そこで、機械学習受託会社に転職し、技術力を身につけた後、piponを創業。現在、製薬業界、大手監査法人、EC業界、様々な業界でAI受託開発事業を運営。

はじめに

今回は、大手製薬会社である第一三共が推進するDX戦略を解説します。近年、製薬業界でもビッグデータを使った創薬プロセスの変革や、最新のデジタル技術を使った治療アプリなどさまざまな新しいソリューションが開発されており、各社の競争はますます激しくなっています。製薬大手の第一三共でも、データ駆動型創薬の推進やモバイルアプリの開発など、デジタル技術に関するさまざまな取り組みを発表しています。今回は、第一三共で推進しているDXの取り組みを見ていきます。

第一三共におけるDX推進の取り組みについて

1) DX推進に向けた組織の見直し

第一三共は、「がんに強みを持つ先進的グローバル創薬企業」になることを、2025年ビジョンに掲げています。また、2025年を見据えた持続的な成長に向けて、ニューモダリティ(低分子や通常抗体以外の中分子、中分子天然物、ペプチド、核酸、糖、細胞、プラスミドDNAなどといった治療手段のこと)に取り組むことも表明しています。これらの実現を図るため、「DX推進本部」を20年4月1日付で新設しました。

DX推進本部の下にDX企画部、データインテリジェンス部、ITソリューション部を設置しています。DX企画部は、グローバルでITガバナンス、デジタル化やデータ活用の戦略立案などを行う部門です。データインテリジェンス部は、研究部門の持つ臨床データだけでなく、全バリューチェーンにわたるデータ活用体制の強化と、付加価値の創出を進める部門です。ITソリューション部は、ITシステム、ITインフラの整備や高度な活用により、デジタル技術やデータ活用を効率的に進めることを狙う部門です。

2) データ駆動型創薬を目指した共同開発の取り組み

近年、人工知能(AI)を使った創薬は国内外の製薬会社においてさまざまな検討が進められており、新薬の開発の効率化や生産性向上につながるものとして、精力的に取り組まれています。AIを使った創薬プロセスの変革は、製薬企業単体で実現するのは難しく、医薬品とAIの技術の融合が必要とされています。

第一三共は、データ駆動型創薬を実現させるため、創薬研究におけるAIの活用をAIベンチャー企業のエクサウィザーズ社と共同で開発するプロジェクトを立ち上げました。データ駆動型創薬とは、医療・創薬の分野で蓄積されたビッグデータを使って、高度化と効率化を追求した創薬プロセスのことです。

このプロジェクトでは、第一三共の創薬研究者とエクサウィザーズ社の技術者が協働で仕事を進める体制を取り、第一三共のデータを活用して以下の取り組みを進めることで、創薬プロセスにおける新たな価値の創造を目指します。

① ディープラーニングを含むAI技術の実装

エクサウィザーズ社が持つ創薬領域に関するAI技術や、ドメイン知識を活用した独自のモデル開発などの知見を活用して、第一三共における医療データやAIの活用に関するノウハウを構築し、創薬プロセスへの実装につなげます。

② ドメイン知識と融合したデータ活用の推進

第一三共の研究者とエクサウィザーズ社の技術者が協力して、AIによる解析結果を評価します。そして、新しい業務プロセスの構築にAIを取り組むことで、データ解析の精度の向上と、解析結果を生かした最適なオペレーション体制の構築を目指します。

3) がん治療支援モバイルアプリの開発

第一三共は、治療アプリの開発に取り組むベンチャー企業CureApp社と共同で、がん患者を支援する治療アプリの開発を進めています。このアプリは、薬物治療を受けているがん患者を支援することを目的としており、患者の全身の状態や副作用をコントロールすることで患者の負担を軽減し、患者のQOLや治療アウトカムの向上などに貢献することを狙っています。

本開発は、第一三共の持つ医薬品の技術と、CureAppの持つソフトウェア技術を組み合わせて進めるとのことで、まずは乳がんをターゲットにアプリの開発を進め、最終的には、第一三共が重点的に取り組んでいるがん領域全体で、さまざまな治療アプリの開発を進めていきます。

4) 医療データプラットフォーム構築の取り組み

疾病情報は、製薬会社が医薬品の臨床研究や治験を行う際の、重要な医療データです。しかし、病院や患者団体がそれぞれでデータを管理しており、医療データの横断的かつ統合的な利用が難しいことが長年の課題です。

そこで、ブロックチェーンの技術を使い、疾病情報を非中央集権的に一元集約できる「医療データプラットフォーム」の構築に、第一三共がリーダーを務め、国内製薬企業や医療機関など合計19機関が参加する「医療データプラットフォーム研究会」が取り組んでいます。このプラットフォームに医療機関や患者がデータを登録すれば、データの有効活用が進んで医薬品の開発が加速し、医療全体の質が向上するとともに、患者も治験に参加できる機会が増えることが期待できます。

プロジェクトでは、日本全国に点在する疾患レジストリデータを対象に、日本IBMからブロックチェーンなどの技術支援を受けて、疾患レジストリプラットフォームのPoCを実施しました。
PoCにおけるプロトタイプの開発にあたっては、信頼性や安全性を確保しつつ、利用者にとっての使いやすさを重視しました。使いやすさを追求するため、例えばユーザーインターフェースであれば、製薬会社用、医療機関用、患者用を個別に開発するなどしています。

PoCでは、大きく以下の3つの成果が得られました。
・患者のプライバシーに配慮できるよう、信頼性の高い同意取得の仕組みを構築できた。
・医療プラットフォームに適したデータアーキテクチャーを開発できた。
・極めて高い信頼性や可用性を実現できた。

今後、医療データを用いた本番システムの開発や、AI関連技術との統合なども視野に入れて、段階的に開発を進めていくとのことです。

おわりに

今回は、第一三共のDX戦略を紹介しました。他の製薬会社と同様に、第一三共もデジタル技術を使った新たなソリューションの開発を進めています。第一三共は、DXを推進する専門の組織を立ち上げており、DXの推進が大いに加速していくことが期待されます。

参考サイト

第一三共 デジタルトランスフォーメーション推進本部とマーケ統括部を新設 4月1日付

エクサウィザーズ × 第一三共、データ駆動型創薬の実現目指し共同開発プロジェクト開始

CureApp 第一三共とがん患者支援「治療アプリ」を共同開発 21年度から乳がん領域で臨床試験開始

医療データプラットフォームの実現に向けてブロックチェーンシステムのプロトタイプ開発を含む技術検証を実施