セルジーンのDX戦略を解説

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北爪 聖也

株式会社pipon代表取締役。 キャリアはADK(広告代理店)でテレビ広告運用をして残業120時間するが、ネット広告では自分の業務がAIで自動化されていることに驚愕する。そこで、機械学習受託会社に転職し、技術力を身につけた後、piponを創業。現在、製薬業界、大手監査法人、EC業界、様々な業界でAI受託開発事業を運営。

はじめに

今回は、米国のバイオ医薬品メーカーであるセルジーン(Celgene)が推進するDX戦略を解説します。近年、製薬業界でもビッグデータを使った創薬プロセスの変革や、最新のデジタル技術を使った治療アプリなどさまざまな新しいソリューションが開発されており、各社の競争はますます激しくなっています。

セルジーンについては、デジタル技術を使った取り組みはあまり知られていませんが、データ流動性の取り組みや精密医療の開発促進などデジタル技術を使った活動をいくつか発表しています。今回は、セルジーンで推進しているDXの取り組みを見ていきます。

セルジーンにおけるDX推進の取り組みについて

1) データ流動性向上のための取り組み

セルジーンはHealth2047社と共同で、ヘルスケアに関するデータの流動性を向上させる情報転送システムの取り組みを進めています。このシステムでは、Health2047社がヘルスケア向けに開発した、安全性、信頼性、接続性の高いデータ転送プロトコルを使用しています。

Health2047社は、さまざまな企業とのパートナーシップを通じて、デジタルヘルスツールの開発し、商業化を目指している米国の企業です。米国医師会(AMA)や協業者のエコシステムと密接に協力しながら、データの流動性、慢性治療、支払いなどの分野におけるさまざまなソリューションを開発し、商業化している実績があります。

ヘルスケア業界においては、薬局、患者、医師の間で各々が収集したデータをより効率的にやり取りすることに高い関心が向けられてますが、現在のところ決定的な方法がありません。
ヘルスケア企業にもさまざまなデータがありますが、それぞれがサイロ化されており、データの有効活用にはデジタル技術の活用が必須です。

ヘルスケアデータの95%は、医療システムによって把握されていないとも言われており、各社は医療データを活用できるようさまざまなソリューションを打ち出していますが、それは個別の問題に特化しているポイントソリューションがほとんどで、結局のところデータの断片化をもたらしています。

Health2047社との協業で、データ全体の流動性を高めることで、データの断片化を解消しつつ、臨床における優れた意思決定や良好な治療結果につながることが期待できます。
将来的には、患者、医師、病院、システム、支払者、研究者間における安全なデータの共有方法を改善し、より効率的なケアモデルへ移行することで、患者に大きな価値を提供することを目指します。

セルジーンは他の製薬企業と違って、デジタルヘルス企業との協業や投資は行ってこなかったので、Health2047社との取り組みは大変興味深いものと言えます。

2) 機械学習プラットフォームを用いた精密医療開発の加速

セルジーンは、精密医療のリーディングカンパニーであるGNS Healthcare社の機械学習およびシミュレーションプラットフォームREFS(Reverse Engineering and Forward Simulation)を使用するライセンス契約を結び、創薬、臨床開発、商業化および市場アクセスへの因果推論モデルの応用を試みています。

このライセンス契約に基づき、GNSのモデリングの専門家数名がセルジーンの拠点に常駐し、このプラットフォームを運用しています。GNSのプラットフォームを用いることで、セルジーンの持つデータ資産を因果推論モデルに変換して、複数の治療領域や、製品のライフサイクルを踏まえた意思決定のサポートにつなげることが期待できます。

REFSプラットフォームは、ヘルスケア分野の複雑な問題に迅速に答えるように設計されています。具体的には、ゲノム、分子、臨床、薬局、医療費請求、EMR、リアルワールドなどに関するデータの組み合わせを活用し、変数間の因果関係を明らかにすることで、機械学習でしか答えられない難しい質問に答えられるものです。

セルジーンはデータドリブンのフレームワークや文化を取り入れており、REFSにより他の分析手法では不可能な知見を迅速に生み出すことができ、競争上の優位性を獲得することを目指します。

3) 腫瘍分野に関するビデオコンテンツの整備

セルジーンは、ブラジルのOnconewsと共同で、腫瘍分野の需要に合わせてビデオコンテンツの整備を行いました。このプロジェクトで、数千人の腫瘍医に対して、独占的に提供できる付加価値の高いサービスを作れました。ビデオコンテンツの配信に伴い、受信者の携帯電話番号を入手できたので、1000人以上の腫瘍学者とのネットワークも構築できました。

2年の間、主な国際腫瘍会議の後にほぼリアルタイムで、ターゲットとしているグループに対して、魅力的なビデオコンテンツを16000回以上発信しました。ターゲットとしている腫瘍内科医の70%以上がこのサービスを利用しているとのことで、端的で、信頼性が高く、理解しやすいコンテンツに対して、受信者の評価は非常に高いと考えられます。実際に、受信者からはポジティブなフィードバックがあるだけでなく、高いNPS(ネットプロモータースコア)を示しているとのことです。

このような、デジタルプッシュ型の動画を用いたコミュニケーションは、対象となる医療従事者に付加価値のあるサービスをダイレクトに提供するための、効果的なソリューションの一つと言えます。デジタルツールの活用がうまくいったことで、セルジーンはこれまで実現は難しいと思っていた障壁を超えられたと考えています。

おわりに

今回は、セルジーンのDX戦略を紹介しました。セルジーンは他の製薬会社ほど、デジタルソリューションの開発には熱心でないように見受けられますが、いくつかの取り組み事例が見られます。特に、これまで行ってこなかったデジタルヘルス企業との協業に踏み込んだことで、今後、デジタルソリューションの開発が加速される可能性もあります。

参考サイト

Health2047 and Celgene to Enhance Data Liquidity in Healthcare

Celgene Enters Into Service and License Arrangement for GNS Healthcare’s Causal Machine Learning Platform to Accelerate Value-Based and Precision Medicine Development

Celgene explores the new digital frontiers

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