アストラゼネカのDX戦略を解説

この記事を書いた人
北爪 聖也

株式会社pipon代表取締役。 キャリアはADK(広告代理店)でテレビ広告運用をして残業120時間するが、ネット広告では自分の業務がAIで自動化されていることに驚愕する。そこで、機械学習受託会社に転職し、技術力を身につけた後、piponを創業。現在、製薬業界、大手監査法人、EC業界、様々な業界でAI受託開発事業を運営。

はじめに

今回は、英国の製薬大手であるアストラゼネカが推進するDX戦略を解説します。近年、製薬業界でもデジタル技術を使った創薬プロセスや治療アプリなど新しいソリューションが開発されており、各社の競争はますます激しくなっています。世界製薬大手のアストラゼネカでも、人工知能(AI)を使った画像解析などデジタル技術を使ったさまざまなソリューションを発表しています。今回は、アストラゼネカで推進しているDXの取り組みを見ていきます。

アストラゼネカにおけるDX推進の取り組みについて

今日、さまざまな業界で大量のデータを作り、アクセスできるようになっています。一説には、過去2年間で作成されたデータ量は、それ以前の人類の歴史で作られたデータ量より多いと言われています。ただし、これらのデータは、それらを分析、解釈、活用することで、その価値を生み出すことができます。アストラゼネカの研究開発では以下の目的で、AIを使って豊富なデータの恩恵にあずかろうとしています。
・病気をより深く理解する
・新薬の新しいターゲットを特定する
・より優れた臨床試験の設計
・個別化医療の推進
・新薬の設計、開発、量産のスピードアップ
では、アストラゼネカの具体的な取り組みを詳しく見てみましょう。

1) データを知識に変換する取り組み

アストラゼネカは、がん、呼吸器疾患、心臓病、腎臓病、代謝性疾患などについて、何が病気の原因でどのように予防や治療ができるかなど、基本的な理解を深めようとしています。
研究開発の生産性を向上させるために、データサイエンスやAIを通じて生物学的な知見を得ています。例えば、遺伝子、タンパク質、病気、化合物などを関連づけた(コンテキスト化された)データのネットワーク(知識グラフ)を使って、研究者に新しい知見を提供し、認知バイアスを克服を図っています。
また、データサイエンスやAIは、遺伝子疾患の謎を解き明かすのにも役立ちます。アストラゼネカのゲノミクス研究センターでは、疾病をより深く理解できるよう、2026年までに最大200万のゲノム解析に取り組む予定です。これは、膨大な量のデータが生成されることを意味しますが、データを迅速かつ正確に分析、解釈するのに、データサイエンスやAIが非常に役立っています。

2) 新規化合物とその製法の予測

新薬の候補となる化合物を見つけるには、必要な特性を満足させるために何千もの化合物を合成および評価する必要があり、年単位の時間がかかります。アストラゼネカでは、新薬の候補となる化合物の発見にAIの活用を模索し、研究開発の時間短縮を図っています。
AIを使うことで、化合物の候補を迅速に抽出し、膨大なデータセットに基づく予測により、抽出した候補をランク付けすることが可能となります。こうして、将来有望な化合物の候補を絞り込んだら、研究室で化合物を合成することになりますが、ここでもAIが活躍します。化合物の合成予測でもAIの適用で進化しており、AIを使うことで、最短で化合物を作るための最適の手順を推測可能です。
AIは単に新薬の候補を見つけるだけでなく、それらを生成、解析、評価するサイクルのスピードアップにも貢献しています。

3) データサイエンスとAIによる臨床試験の加速

無作為化比較試験(RCT)は、新薬の可能性を評価する際に製薬会社が選択する、一般的な試験ですが、最近は高コストかつ複雑なものになっています。しかし、データサイエンスの進歩は、臨床試験の見直しにつながり、新薬の発見や開発に貢献することが期待できます。例えば、急速に普及している電子健康記録(EHR)は、膨大な量の関連性の高いデータソースであり、そのデータをうまく活用することで、臨床試験のやり方を大きく変える可能性を秘めています。
また、アストラゼネカでは、臨床試験データからより多くの価値を引き出すために、AIや機械学習を使っています。これまでは、治験のデータを使って、新薬の有効性や安全性などの分析を行ってきましたが、治験の前段階である臨床試験のデータも活用することで、より迅速で正確な判断を目指しています。

4) AIを使った高速で正確な画像解析

アストラゼネカの病理学研究者は、毎週何百もの組織サンプルを分析しています。彼らは、組織サンプルで病気の有無や、最も薬に反応しそうな患者であることを示すバイオマーカーを確認しています。この確認は非常に時間がかかるため、研究者がサンプルを正確かつ容易に分析できるよう、AIシステムを訓練してています。このシステムが最適化できれば、組織サンプルの分析時間を30%以上短縮できることが見込めます。例えば、PD-L1(膀胱癌に対して、免疫療法に基づく治療効果を判断するバイオマーカー)と呼ばれるバイオマーカー用に、腫瘍細胞と免疫細胞をスコアリングするAIシステムを訓練しました。
このAIシステムは、組織サンプルから何千もの画像を見て、PD-L1の有無を一つひとつ丁寧にチェックしています。このシステムは研究者の時間を節約し、特に困難な症例に役立ちます。

5) IT企業と緊密な協力関係を構築

デジタル技術を使った新しいソリューションの開発は、製薬会社単独で行うには大変難しいものになっています。アストラゼネカでは、さまざまなIT企業と提携関係を作り、新規ソリューションの開発を進めています。

①Schrödinger社との提携

創薬を加速させることを目的に、高度なプラットフォームを有するSchrödinger社と共同研究を進めています。物理学に基づいたモデリングと機械学習を組み合わせて、大量の薬剤の候補となる化合物のライブラリから、合成や各種試験を考慮して最も親和性の高い候補を予測することを目指しています。

②BenevolentAIとの提携

BenevolentAIとの共同研究では、機械学習とAIを活用して、慢性腎臓病や特発性肺線維症の新薬の探索を進めています。アストラゼネカの持つ疾患の専門知識と大規模なデータセットと、BenevolentAIの最先端のAIや機械学習のノウハウを組み合わせることで、病気の複雑な生体に対する理解を深め、新薬の候補となり得る化合物をより迅速に特定できるようになることを狙っています。

③各種コンソーシアムへの参画

アストラゼネカは、Machine Learning in Pharmaceutical Discovery and Synthesis (MLPDS) Consortiumという産学連携コンソーシアムに参画しています。MLPDSには、MITとファイザーなど他の多くの製薬会社が参加しているプロジェクトです。このコンソーシアムの目的は、参加メンバーのそれぞれの専門知識を生かして、分子の特性や合成経路を予測するソフトウェアツールを設計・提供し、創薬のスピードと効率を向上させることです。
また、Machine Learning Ledger Orchestration for Drug Discovery(MELLODDY)と呼ばれる、製薬企業、テクノロジー企業、学術機関が参加しているコンソーシアムにも参画しています。MELLODDYは、既知の生化学的活性または細胞活性を持つ、世界最大の小分子コレクションを活用して、より正確な予測モデルを構築し、創薬の効率を高めることを目指しています。

おわりに

今回は、アストラゼネカのDX戦略を紹介しました。他の製薬会社と同様に、アストラゼネカもAIなどデジタル技術を使って、新規化合物の探索や業務の効率化を進めています。さまざまなデジタル企業とも共同研究を進めているので、同社の動向は大変興味深いと言えるでしょう。

参考サイト

Data Science & Artificial Intelligence:

Machine Learning for Pharmaceutical Discovery and Synthesis Consortium

Machine Learning Ledger Orchestration for Drug Discovery