ロシュのDX戦略を解説

この記事を書いた人
北爪 聖也

株式会社pipon代表取締役。 キャリアはADK(広告代理店)でテレビ広告運用をして残業120時間するが、ネット広告では自分の業務がAIで自動化されていることに驚愕する。そこで、機械学習受託会社に転職し、技術力を身につけた後、piponを創業。現在、製薬業界、大手監査法人、EC業界、様々な業界でAI受託開発事業を運営。

はじめに

今回は、スイスの製薬大手であるロシュが推進するDX戦略を解説します。近年、製薬業界でもデジタル技術を使った新しい創薬プロセスや治療アプリなどが開発されており、各社の競争は大変厳しくなっています。世界製薬大手のロシュでも、診断データの有効活用などデジタル技術を使ったさまざまなソリューションを発表しています。今回は、ロシュで推進しているDXの取り組みを見ていきます。

ロシュにおけるDX推進の取り組みについて

1) 人工知能(AI)による眼科医向けの診断支援

ロシュでは、AIを使って眼科医向けの診断支援技術を開発しています。この技術の概念実証(PoC)において、眼科医が糖尿病黄斑浮腫(DME)を容易に診断できるようになる可能性があることが分かりました。DMEとは糖尿病の合併症の一つで、黄斑部がむくむ(浮腫)病気です。黄斑部とは、ものの形、大きさ、色、奥行などを識別する、網膜の中でも視力をつかさどる重要な細胞が集中する部分ですが、DMEはこの黄斑部に異常をもたらす病気で、治療せずに放置すると、著しい視力障害や失明につながります。DMEを診断するためには、光干渉断層計(OCT)で網膜の断面を検査する必要がありますが、OCTは費用や技術面の問題から、スクリーニングの段階では利用しにくいのが実情です。そこで、比較的容易に入手できるカラー眼底写真(CFP)とディープラーニングを使って、より簡便にDMEを診断可能とした技術が、現在開発している技術です。
具体的には、ディープラーニングを使用して、CFP画像から黄斑の厚さを推定する方法をコンピューターに学習させ、患者や眼科医がDMEを容易に診断できるかを研究しています。従来は、CFP画像を熟練の眼科医が見て、網膜の厚さを推定し、OCTで厚さの実測値を確認していました。CFP画像の中には網膜のむくみを見つけにくい画像もあり、網膜の厚みの見極めには熟練の技術が必要でしたが、本技術により従来と同等の精度で網膜の厚さを推定できれば、DMEの診断を素早く行うことが可能となります。
ディープラーニングの学習用データには、約700人の患者のDME臨床試験から入手した約18,000のCFPおよびOCTデータを用いました。構築したモデルを使うと、網膜の厚さが250μmのしきい値を超えているかどうかを、97%の高い精度で予測することができました。
本技術が実用化できれば、DMEの診断だけでなく、治療が順調に行っているかもタイムリーに確認することが可能になります。従来の場合、症状の進行状況を確認するために、4週間ごとの診察が必要でしたが、本技術があれば、患者がスマートフォンのカメラで網膜を撮影して画像を医師に送れば、オンラインでの診断やフォローが可能となり、通院の負担を減らすことが見込めます。

2) IT企業とのパートナーシップの強化

近年、IT企業と提携して、デジタル技術によるビジネスの革新を進める製薬会社が増えています。ロシュもIT企業とタッグを組みながらさまざまな開発を進めています。
個別化医療が進む中、医療はすべての患者に対する画一的な治療から、コンパニオン診断(医薬品の効果や副作用を投薬前に予測するために行われる臨床検査)に基づいた患者群を対象としたものへと進化しました。最近の医療情報のデータソースは、検査試験結果、電子カルテ、臨床試験データなど多岐に渡っており、これらは効果的な治療法を見つけるのに有用であることが期待されています。しかし、この複雑なデータをうまく使うには、高度な前処理や解析の技術が必要であり、新たなソリューションを提供するにはヘルスケア企業単独ではなく、IT企業との提携する方がが効率的となってきました。
ロシュでも、IT企業と提携してさまざまな開発を進めています。例えば、ゲノムプロファイルや腫瘍細胞の遺伝子プロファイルなどを扱うFoundation Medicine社、電子カルテや研究データなどを統合して提供するFlatiron Health社などと提携して、患者によりよいソリューションを提供できる環境を整備しています。
また、ビッグデータと機械学習を使って、腫瘍分野における患者ケアを改善できるよう、GNSHealthcare社と提携しました。GNS社は、臨床試験結果などのビッグデータを機械学習でモデリングすることで、個々の患者により適切で新しい治療につながる可能性のある診断マーカーを明確にする、などに強みがある企業です。
また、ビッグデータの活用をさらに促進するため、ロシュは2017年にViewics社を買収しました。Viewics社は検査室のビジネス分析に重点を置いている会社で、さまざまなデータソースからデータを抽出し、検査室においてデータ主導による意思決定の迅速化に貢献します。
ビッグデータを使った個別化治療は各社で進められていますが、さまざまな外部企業と提携することで、例えば、症状が急激に悪化することを予測して事前に治療を行うなど、より複雑なソリューションの提供が期待できます。

3) デジタルソリューションによる医療ケアの変革支援

さて、医療分野では使えるデータが爆発的に増加していますが、それが医療業界に大きな影響を与え始めており、医療ケアにも変革をもたらしつつあります。デジタル技術時代の到来により、症状に対する画一的な治療ではなく、個別の患者のニーズに合わせて治療をカスタマイズできるようになりました。
特に医療分野において診断は、病気の予防や管理において重要な役割を果たしています。このことは、診断のコストは総医療費の2%しか占めていないのにもかかわらず、血液検査などのインビトロ検査結果が、すべての医師の診断の約3分の2に影響を与える、と言われていることからも明らかでしょう。
最近は、ますます複雑化する医療の課題に対処することが求められますが、診断が大きな役割を果たすことが期待されています。これまで、検査室は医師が診断するための検査結果を出すだけの役割でしたが、デジタル技術の発展により、検査室が持つ膨大なデータを活用することで、新たな価値を提供できる可能性が増しています。
ロシュでは、現在の医療水準を大きく変える可能性を求めて、データ分析の威力を存分に使っています。
特に、診断の役割を重視しており、インビトロ検査を行う臨床検査室や医師のニーズを満たす、革新的なソリューションの開発に取り組んでいます。
検査室を再設計し、作業プロセスを見直すことで、パフォーマンスを向上させることができると考えられます。 例えば、データ分析結果を使って、治療のあらゆる段階で、個別のコンサルティングを提供することが可能です。
効率的な検査データのマネジメントにより、病気の予防から治療のフォローアップまで患者のケアを改善し、そのデータを事実に基づいた意思決定につなげることができます。
最近は、検査室や病院運営のデータを扱いやすいダッシュボード化することで、組織の運用効率を改善したり、医療現場におけるさまざまな課題を事実に基づいて管理したりといったことを行っており、今後もデータを活用した医療ケアの変革を狙っています。

おわりに

今回は、ロシュのDX戦略を紹介しました。ロシュは日本の中外製薬を傘下に収めており、グローバルでデジタル技術を使った新しいソリューションの開発を進めています。ロシュは、ビッグデータを使ったソリューションのアイデアが豊富なので、ロシュの動向は大変面白いと言えます。皆さんもぜひ、ロシュの動向をフォローしてみてください。

参考サイト

Seeing the unseen with artificial intelligence

Partnering in the digital era

Innovations