武田薬品工業のDX戦略を解説

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北爪 聖也

株式会社pipon代表取締役。 キャリアはADK(広告代理店)でテレビ広告運用をして残業120時間するが、ネット広告では自分の業務がAIで自動化されていることに驚愕する。そこで、機械学習受託会社に転職し、技術力を身につけた後、piponを創業。現在、製薬業界、大手監査法人、EC業界、様々な業界でAI受託開発事業を運営。

はじめに

今回は、日本大手の製薬会社である武田薬品工業株式会社(以下、武田薬品)が推進するDX戦略を解説します。武田薬品は、日本最大手という地位に油断することなく、積極的にデジタルに投資しています。
武田薬品はアイルランド最大手の製薬会社シャイアー社を約6兆円で買収するなど、業容拡大を進めており、デジタル化を推進することで世界的な製薬会社と競争していこうとしています。
今回は、武田薬品で推進しているDXの取り組みを見ていきます。

武田薬品におけるDX推進の取り組みについて

武田薬品では、消化器系疾患の治療に対してデジタル技術を活用したり、パーキンソン病患者に対してウェアラブル機器を使った診療フローを提案するなど、DX推進のためのさまざまな取り組みがなされています。

1) デジタル技術を活用した治療法への積極的な取り組み

①クーロン病患者向けのデジタル治療用アプリの開発

武田薬品では、デジタル治療アプリの開発に力を入れています。例えば、PwCコンサルティング合同会社の持つ人体のシミュレーション技術「Bodylogical」を生かして、クローン病(消化管の粘膜に、慢性の炎症や潰瘍を引き起こす特定疾患)の治療アプリの開発を進めています。このアプリは、投薬情報や症状を用いて仮想空間上に人体モデルを作成し、いろいろな治療のシナリオを患者個人に合わせてシミュレーションできるものです。この取り組みは、同社が掲げる戦略「ペイシェント・ファースト・プログラム」の一つです。同社は、引き続き、デジタル技術を活用した革新的なツールを開発して、患者の生活の質(QOL)改善に取り組んでいくとのことです。

②パーキンソン病患者へので至る技術の活用

i) オンライン診療の拡充

武田薬品は、パーキンソン病の患者に対して、ウェアラブル機器とオンライン診療を活用した新たな診療フローの研究を、神奈川県と共同で実施しています。
パーキンソン病とは、脳の異常のために、体の動きに障害が現れる神経変性疾患です。症状の重さにより、通院が困難となり、病院に付き添う家族にも負担が大きくなります。
パーキンソン病は、症状が多様で変化しますが、専門医は病院で診察している時しか症状を確認できず、全体的な症状の把握が難しいことも問題です。
この取り組みは、専用アプリをインストールしたiPhoneとApple Watchを患者に渡し、さまざまなセンサーで自宅での症状を自動でモニタリングします。通常の対面診療に加え、モニタリング情報をもとにしたオンライン診療と服薬指導を織り交ぜます。これにより、変化の大きいパーキンソン病の症状をタイムリーにとらえ、医師が正確な診断ができるようになるとともに、患者の経済的・身体的な負担も軽減させることが期待できます。
この研究には、神奈川県以外にNTTドコモなどさまざまな企業が参画しており、新しい診療フローの早期実現を目指しています。

ii) 武田薬品は、岩手医科大学、データ解析企業のFRONTEO社と共同で、人工知能(AI)やゲノムを使い、パーキンソン病患者一人ひとりの症状に合わせた治療や投薬を行う研究を進めています。

具体的には、電子カルテなどに記載されている情報を自然言語処理で解析し、それにゲノムなどの情報を追加して、症状や治療の有効性などを評価しており、効果があると判断されれば、実用化へ向けて研究が進められることになっています。
パーキンソン病は体の動きが遅くなったり、手足に震えが出たりなど、患者によっていろいろな症状が出るため、症状を数値化できれば、症状の詳細な分類や情報の取得が可能となり、患者一人ひとりに対してきめ細かな治療計画を立てることができます。また、ゲノム情報を使った解析結果を活用することで、より早くて適切な治療につながることが期待できます。

③デジタルバイオマーカーの開発

メンタルヘルスアプリを開発するスタートアップ企業Mindstrong Health社と提携して、精神疾患患者のためのデジタルバイオマーカーの開発を進めています。デジタルマーカーを使って精神疾患の状態を判別し、新たな処置を施すことで症状の緩和につなげられる可能性があります。精神疾患は複雑でさまざまな症状が見られることから、患者のニーズを満たす医薬品の開発が遅れがちです。
適切な治療手段が不足する中、このデジタルバイオマーカーは、精神疾患に苦しむ患者が満足できる治療法の一つになることが期待されます。

④新規コミュニケーションプラットフォームの開発

新型コロナの影響で、従来の対面のMR活動が制限されているため、医師とのオンラインでのコミュニケーションが必須の状況です。
武田薬品は、製薬会社向けマーケティング支援サービスなどを提供しているエムスリー社と共同で、MR発信の新たなリモートディテーリングサービス(リモートシステムを使って、製品の情報を提供するサービス)を開発することとしました。本サービスは、医師に対して双方向かつ、連続的かつ、個別化された情報提供を行うプラットフォームで、オンラインでのコミュニケーションが求められる中、医師とのさらなるコミュニケーションの強化につなげることを目指します。

2) デジタル関連の人材を積極的に採用

武田薬品では、経営基盤をクラウド優先で構築しており、クラウドの利用を前提として事業改革を推進しています。具体的には、データ提供サービスの加速、IT基盤の刷新、技術革新に向けた組織の改変、従業員のデジタルスキルの習得などを行う体制を構築しています。事業改革を進めるために、デジタル領域の人材を新規で数百人採用するだけでなく、既存の従業員のデジタルスキル向上を計っています。
事業変革を加速させるために、アクセンチュア、AWSと提携契約を結んでいます。クラウドの利用をを前提とした「クラウドファースト」の考えを導入し、必要なシステムの構築を最小限にすることで、これまで以上に高い信頼性と拡張性を維持したIT基盤の構築に取り組んでいます。同社が所有するアプリケーションの80%をクラウドに移行し、コストの削減を目指すとのことで、これらを実現するには多くのIT人材が必要なため、ITを専門とする人材を積極的に採用していくようです。

おわりに

今回は、武田薬品のDX戦略を紹介しました。武田薬品は、さまざまなIT企業と提携して、クラウドベースの事業変革を推進しています。同社は日本国内トップの製薬会社であり、その動向に目を向けることで、日本の製薬会社のDXの方向性が見えてくるのではないでしょうか。

参考サイト

武田薬品とPwC、PwCのモデリング・シミュレーション技術「Bodylogical®」を活用し、クローン病向けアプリケーション開発のためのプロジェクトを開始

武田薬品、ICT活用を前提としたパーキンソン病の診療フローの臨床研究を神奈川県下で実施

Mindstrongのデジタル・バイオマーカー/デジタル・フェノタイプ

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