はじめに
今回は、米国のバイオ製薬大手であるギリアド・サイエンシズ(Gilead Sciences、以下、ギリアド)が推進するDX戦略を解説します。近年、製薬業界でもビッグデータを使った創薬プロセスの変革や、最新のデジタル技術を使った治療アプリなどさまざまな新しいソリューションが開発されており、各社の競争はますます激しくなっています。バイオ製薬大手のギリアドでも、機械学習を使ったモニタリングやウェアラブルデバイスの採用などデジタル技術を使ったさまざまな取り組みを進めています。今回は、ギリアドで推進しているDXの取り組みを見ていきます。
ギリアドにおけるDX推進の取り組みについて
1) 非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)でのデジタル技術の活用
NASHは、線維化、肝硬変、肝がんにつながる進行性の肝疾患です。肝疾患に注力しているギリアドにとって、重要な疾患の一つでもあることから、デジタル技術を使ってNASHのさらなる理解や治療法の開発を進めています。
①グリンプスバイオ社との提携
ギリアドは、グリンプスバイオ社とNASHの臨床開発を共同で進めています。グリンプスバイオ社が独自に開発した合成バイオマーカーは、疾患のステージや進行度を特定でき、治療に対する反応を早期に検出することが可能です。
ギリアドの臨床プログラムにおいて、このバイオマーカーを臨床試験参加者の疾患ステージの決定や、治験薬への反応の確認に使用します。グリンプスバイオ社の独自技術であるGlympse Insideは、合成バイオマーカーと機械学習のアプローチを組み合わせることで、がん、線維化、炎症、感染症などの複雑な疾患のステージを特定したり、病気の進行をリアルタイムでモニタリングしたりすることを可能にしました。ギリアドは、グリンプスバイオ社の技術を活用することで、開発品が疾患の進行にどのように影響するかをより深く理解できることを期待しています。
②インシトロ社との提携
ギリアドは、インシトロ社とも協力関係を築いてNASHの新規治療法を開発しています。インシトロ社が独自に開発したプラットフォームを使ってNASHの疾患モデルを作成し、疾患の進行や後退に影響を与えるターゲットを発見する開発です。
インシトロ社のプラットフォームは、機械学習、ヒト遺伝学、機能ゲノミクスを応用して、独自のin vitroモデルを生成するもので、疾患の進行に関する知見やターゲット候補を研究者に提供したり、治療に対する患者の反応を予測したりすることを可能にします。ギリアドは、今回の共同研究で特定された最大5つのターゲットについて、さらなる研究や治療法の開発を進め、新たな治療法の発見や開発を目指します。
③PathAI社との提携
ギリアドは、病理学におけるAIを活用した研究のリーダーであるPathAI社とも、共同でNASHの研究を進めています。具体的には、NASHの診断、病期分類、および臨床試験における治療効果のモニタリングに対して、機械学習を活用したアプローチの有効性を評価しています。患者の肝生検から得られた画像を用いた研究では、病理医とPathAIのプラットフォームの双方が評価した、肝疾患の病期と特徴を比較しました。
PathAIのプラットフォームは75名の認定病理医による68,000以上の学習用データを畳み込みニューラルネットワークで学習して、アルゴリズムを構築しています。両者を比較したところ、病理医とプラットフォームの判断結果は、NASHの主要な特徴に対してよく一致していることがわかりました。
また、別のプロジェクトでは、画像データから各線維化ステージに関するパターンを認識する機械学習モデルを開発しました。具体的には、肝硬変患者674名の肝生検の画像から、機械学習モデルが疾患の進行を予測したり、NASH肝硬変における線維化の不均一性を説明したりできることが実証できました。この結果は、機械学習モデルを使うことで肝硬変患者の疾患の特徴を明らかにできる可能性があることを示しています。
2) 炎症性疾患でのデジタル技術の活用
ギリアドは、関節リウマチ、炎症性腸疾患などの炎症性疾患について、免疫学的な要因を明らかにするため、アルファベット社傘下のベリリー社と提携して研究を進めています。これは、免疫学的データと知見を得るため、ベリリー社独自のプラットフォームであるImmunoscapeを用い、ギリアドの臨床試験に参加する患者のサンプルや、治療に対する反応データを分析する研究です。
今回の提携により、ギリアドは同社が実施中の第2相および第3相臨床試験における新薬投与前、投与中、投与後の被験者の臨床データおよび、数千の免疫細胞サンプルをベリリー社に提供し、ベリリー社はImmunoscapeプラットフォームを使って、免疫表現型と高度な解析技術を組み合わせて、炎症性疾患の分子特性を高解像度でのプロファイリングを行います。
この取り組みにより、医師が個別の患者に合わせた治療法や、薬の投与法を選択する際に役立つ分子署名を特定し、治療効果の向上や副作用の回避につなげるなど、炎症性疾患に関する重要な知見が得られる可能性があります。また、今回の共同研究で得られたデータは、炎症性疾患のサブタイプの特徴をより明確にし、新たな治療法につながる分子標的を特定するのに役立つと考えられます。ギリアドは、この最先端の技術を用いて、他の方法では検出できないような疾患の経路を分子レベルで特定することで、患者の治療成績の改善につなげたいとのことです。
3) ウェアラブル技術の活用
ギリアドは肥大型心筋症治療薬の治験において、不整脈の変化をモニタリングするために、iRhythm社の心臓パッチである「 ZIOパッチ」を採用しました。このパッチは、早期心室複合体、非持続性心室頻拍、発作性心房細動などを監視することで、肥大型心筋症を早期に発見することを目的としています。
肥大型心筋症は一般的な心疾患の一つですが診断は難しく、現時点で承認された治療法はありません。治験では、ZIOパッチを用いて定期的に不整脈を評価し、治験薬が肥大型心筋症の症状を改善するかどうかを判断しました。開発した治療薬は、残念ながら期待通りの効果は得られませんでしたが、今後もウェアラブル技術を使ったモニタリングを進めていくようです。
おわりに
今回は、ギリアドのDX戦略を紹介しました。ギリアドは、デジタル技術を有するさまざまな企業と提携して研究を進めており、自社の持つ疾患に関する知識や経験と、他社の持つデジタル技術をうまく組み合わせて、新たなソリューションの開発を進めています。特にNASHについては、複数の企業と提携してさまざまな面からアプローチしており、その選択と集中の姿勢が注目に値すると思います。