はじめに
今回は、イスラエルの後発医薬品最大手であるテバファーマスーティカル(Teva Pharmaceutical 以下、テバ)が推進するDX戦略を解説します。近年、製薬業界でもビッグデータを使った創薬プロセスの変革や、最新のデジタル技術を使った治療アプリなどさまざまな新しいソリューションが開発されており、各社の競争はますます激しくなっています。後発医薬品最大手のテバでも、デジタル吸入器の開発や介護者支援サービスの提供などデジタル技術を使ったさまざまな取り組みを発表しています。今回は、テバで推進しているDXの取り組みを見ていきます。
テバにおけるDX推進の取り組みについて
1) デジタル吸入器の開発
テバはぜんそく患者向けに、センサー内蔵のデジタル吸入器AirDuo Digihalerを開発しました。服薬に気を付けている患者でも、つい気づかずに吸入を忘れてしまうことがあります。この吸入器は、12歳以上の患者のぜんそく治療用に開発されたもので、これを使用することで、患者は吸入器の使用頻度を把握できます。吸入器にセンサーが組み込まれており、このセンサーで吸気流量を測定します。
このデータは、ワイヤレス技術を使ってモバイルアプリに転送され、患者は吸入のデータを長期的に確認できるだけでなく、必要に応じて医療従事者とデータを共有できるので、治療法の立案に役立てることができます。また、AirDuo Digihalerを処方通りに服用できるよう、スマートフォンでリマインダーを設定することも可能です。
AirDuo Digihalerはすでにアメリカ食品医薬品局(FDA)に承認されており、ぜんそく患者の維持療法に貢献しています。この技術は、クラウドベースのサービスで医療従事者に治療法を決めるための新しい知見を提供することで、治療結果の改善に貢献することを目指すとのことです。
2) デジタル技術を用いた介護者の支援
テバはカナダで、デジタル技術を使った介護者向けの支援サービスを提供しています。カナダのように、患者へ医薬品を直接売ることができない国があり、このような国では、薬局が患者との関係を築くための玄関となります。テバ社の調査によると、カナダの介護者の83%は要介護者のために薬局で薬を受け取っていることが分かりました。
そこでテバは、介護者に優しい薬局を明確に示せるプログラムを作りました。選ばれた薬局は所定のオンライントレーニングを修了することで、テバのウェブサイトにある介護者用のリソースにアクセスできるようになり、薬局の入口には介護者に優しいことを示すステッカーを貼れます。また、テバのウェブサイト上には、患者と介護者がその薬局を容易に見つけられるよう、薬局のリストを掲載しています。
これまで、介護者にはあまり目を向けられてこなかったため、介護者に焦点を当てたことの取り組みは注目に値すると言えます。薬局側にもメリットがあり、テバ社から各種リソースを得られるだけでなく、介護者を新たな顧客に変えることが可能になりました。例えば、介護者は実家の親のための薬は、実家の近くで受け取りますが、介護者自身用の薬は自宅の近くで受け取る傾向があるため、介護者と要介護者の双方のニーズを取り込める可能性があります。
テバにとっても、介護者と関係を構築することは大きな意味があり、要介護者がテバの薬を服用し続けてくれる機会を得ることにつなげられます。介護者は、薬の補充や受け取りを確実に行う役割を担っています。テバはその介護者に有益な情報を提供できるよう、要介護者の代わりに医療制度を利用するガイドや、介護者が要介護者の代わりに答える必要のある質問をまとめた薬局用のチェックリスト、さまざまな症状に対応した個別ガイドなどを用意しています。
さらに、介護者が自分自身の健康状態を把握できる、セルフアセスメントも用意されています。
テバは同様のサービスをイスラエルでも展開を始めており、薬局が主体の市場で介護者への支援を拡充していくとのことです。
3) デジタル技術を用いた製造プロセスの革新
テバは、自社のバイオ医薬品に効率的な製造プロセスを構築するため、ドイツのインシリコ社の予測バイオマニュファクチャリングの技術を採用することとしました。高品質なバイオ医薬品の需要が高まっており、ますます効率的でロバスト性の高い生産技術が求められています。
バイオ医薬品分野のDXの進展により、各プロセスから大量のデータが生成・取得されており、予測バイオマニュファクチャリングを用いたソリューションにとっては、絶好の機会と言えます。
インシリコ社の予測バイオマニュファクチャリング技術Digital Twinsは、柔軟なプロセスモデルや人工知能と組み合わせて、生物の代謝モデルを採用し、計算機シミュレーションによって最適な生産プロセスを構築する技術です。
テバはDigital Twinsを採用することで、製造条件を決めるための実験にかける工数や時間を節約し、今後ますます進むと思われる臨床開発の加速に足並みをそろえることを狙っています。
4) 多発性硬化症患者向けの支援プログラム立ち上げ
テバは、多発性硬化症(MS)の患者向けに、個別化された柔軟なデジタルサポートを提供するMSケアプログラムを立ち上げました。MSとは、免疫細胞が中枢神経(脳・せきずい)や視神経に炎症を引き起こして、神経組織を障害する自己免疫疾患のことで、日本では特定疾患に指定されています。
MSケアプログラムは、個別化されたデジタルツールに実生活での指導を組み合わせたプログラムで、MSにおいて個別化プログラムを提供する初めての試みです。MSプログラムは、世界保健機関(WHO)の枠組みに基づき、情報、行動スキル、モチベーションを組み合わせて、個別の患者とそのペイシェントジャーニーに合わせて作られています。
MSケアプログラムは患者へのアンケートから始まり、症状や治療に対する信念や考え方を探り、そこからオーダーメイドのプログラムを作成していきます。MSと付き合っていくには自己管理を促し、患者のニーズをより良くサポートするための効果的な戦略が不可欠です。MSケアプログラムは、非常に個別化されたニーズに合わせてサービスを提供する点がユニークであり、テバは患者とその家族だけでなく、他の関係者の負担も減らすことで、医療システム全体にもメリットがあると考えています。
おわりに
今回は、テバのDX戦略を紹介しました。後発医薬品メーカでもDXは活発に進められており、製薬業界全体でデジタル技術を用いたさまざまなソリューションが開発されています。テバはデジタル技術を使って、患者や介護者に対するソフト面のサービスも充実させており、その成果が注目されます。
参考サイト
Teva extends global rebrand with tailored marketing messages for caregivers
Teva, Insilico Partner on Predictive Biomanufacturing Technology