はじめに
今回は、米国に拠点を置く製薬会社ブリストルマイヤーズスクイブ(Bristol-Myers Squibb、以下BMS)が推進するDX戦略を解説します。近年、製薬業界でもデジタル技術を使った治療アプリや創薬プロセスなど新しいソリューションが開発されており、各社の競争はますます激しくなっています。BMSでも、デジタルパソロジーの活用などデジタル技術を使ったさまざまな取り組みを発表しています。今回は、BMSで推進しているDXの取り組みを見ていきます。
BMSにおけるDX推進の取り組みについて
1) デジタルパソロジーの積極的な活用
BMSでは、デジタルパソロジー(デジタル病理学)の積極的な活用に取り組んでいます。デジタルパソロジーとは、病理ガラス標本(プレパラート)のデジタル画像を撮影し、それをディスプレイに表示して病理標本を観察する技術です。
デジタル病理医は、生検サンプルを使ってスライドガラス上の細胞を顕微鏡で検査し、疾患の診断、原因、進行状況、予測バイオマーカーの存在などの判断を行います。
臨床医は、治療に対する患者の反応を推測したり、適切な治療法を決定したりするのに、病理学に頼っているため、病理学は非常に重要な分野であり、デジタル病理医の判断もとても重要です。
BMSでは、デジタルパソロジーに新たなデジタル技術を取り込んで、より有用なアウトプットの提供を目指しています。
例えば、がん患者の組織生検において、細胞の組織は、特定の治療法に反応する可能性のあるバイオマーカーを明らかにするために染色されます。従来は、病理医が染色したサンプルを顕微鏡で観察して判断していましたが、その判断は非常に難しいものでした。
しかし、デジタル技術の進化に伴い、病理医は画像解析やディープラーニングの進歩を利用して、染色後の画像を画像解析することで、判断が容易になりました。
具体的には、デジタルパソロジーでは、同じ組織片に対して異なる画像解析やアルゴリズムを適用することで、次のようなことができます。
①バイオマーカーの量を迅速かつ正確に定量化できます。
②微小環境内のさまざまな細胞の状態を具体的に示してくれます。腫瘍の形状や構造がどのように変化しているかを可視化することで、病気の進行状況を知ることができます。
③サンプル内の免疫細胞と腫瘍細胞を比較対照して腫瘍の微小環境を評価し、腫瘍の温度が高いか低いかを示してくれるので、免疫療法に反応する可能性を把握できます。
このように、デジタルパソロジーは、画像データを生成して、迅速にかつ正確な判断ができる材料を提供するためにさまざまな技術を活用しており、がん研究における臨床開発プログラムの情報提供に役立っています。
2) デジタル企業との積極的な提携
①Voluntis社とのデジタル治療薬開発の推進
BMSはデジタル治療薬のトップランナーであるVoluntis社と共同で、がん患者をサポートするデジタル治療ソリューションの開発を進めています。具体的には、がん領域におけるデジタル治療のためのVoluntisのコアプラットフォームであるTheraxium Oncologyを活用し、患者の症状の管理や医療従事者による遠隔モニタリングを支援できるソリューションの開発を目指します。この開発の最終目標は、治療のサポートや症状の追跡調査を可能とするモバイルアプリへ、患者がアクセスできるようにすることです。このアプリは、患者が自己管理するために推奨される行動を、リアルタイムで患者に提示できるもので、患者と医療関係者が効果的にコミュニケーションを取り、各患者に個別化された医療ケアのプランを提供することを目指しています。
この提携は、デジタルソリューションで患者ケアを前進させるというBMSの取り組みの一例で、このような新しい技術や患者中心の取り組みを開発することで、臨床現場の水準を向上させることを狙っています。
②PathAI社とのデジタル解析の研究
BMSは、人工知能(AI)を病理学に適用する技術を開発しているPathAI社と提携して、BMSが開発したPD-1阻害薬「ニボルマブ」の効果を評価するために、発現したPD-L1のデジタル定量化を進めています。
複数の腫瘍にまたがるサンプルで発現したPD-L1のデジタル定量化により、手動でPD-L1を解析した場合と同等の応答率を維持しつつ、PD-L1陽性の患者をより多く同定できることが可能となりました。
例えばレトロスペクティブ解析では、PD-L1の読み取りについて、人手で行った場合と、AIを使った場合で検出した有病率を比較した結果、人手で行った場合に比べてAIを使った方が、より正確に検出できることが分かりました。
本研究では、病理医のネットワークから収集したデータにアノテーションを付与したデータで訓練したアルゴリズムを使い、PathAIのプラットフォームでデジタルスコアリングを実施しています。アルゴリズムの構築にあたり、数万例のデータを使用したとのことで、この研究結果は、がん患者にとって有用な結果をもたらすことが期待されています。
③Veeva社との販促コンテンツの拡充
BMSは、顧客のニーズに応えるために、販促コンテンツをあらゆるデジタルチャネルで素早く配信できるよう、Veeva社の「Veeva Vault PromoMats」を導入することとしました。このシステムの導入により、FDA2253(米国における、医薬品プロモーション活動を監視するためのルール)や迅速承認医薬品の申請にそのまま提出できる申請書を、自動で作成できるようになります。その結果、米国食品医薬品局 (FDA)に送信する販促資材の申請書の準備にかかる時間を、大幅に短縮できることが期待できます。
BMSでは以前からVeeva社のアプリケーションを利用しており、その成功体験に基づき今回採用に至ったと思われます。今回導入することとしたVault PromoMatsは、デジタル資材管理と、審査担当者のレビュー機能が統合されたアプリケーションで、販促資材のグローバルでの再利用を促進し、かつ、申請書などのコンテンツの作成から配信に至るまでコンプライアンスを確保できます。
医薬品業界は法規制が日々進化しており、知らないうちに法令違反を犯していたということが起こり得ます。今回のVeeva社のアプリケーションを活用することで、そのような意図しない法令違反を未然に防げることが期待できます。
おわりに
今回は、BMSのDX戦略を紹介しました。BMSでは、AIを使った画像解析や、IT企業と積極的に提携するなどして、デジタル化を推進しています。特に、色々なIT企業とパートナーシップを結んで変革を進める方法は、他の製薬会社でも見られるものであり、今後も新たな提携が予想できるので、その動向に注目しましょう。
参考サイト
Voluntis and Bristol-Myers Squibb to Co-Develop Digital Therapeutics For Oncology
Digital Pathology:
Beyond What the Eye Can See
Bristol Myers Squibb社、Veeva Vault PromoMatsでコンプライアンスを遵守した販促資材の市場投入を効率化