はじめに
今回は、米国の製薬大手であるジョンソン・エンド・ジョンソン(Johnson & Johnson、以下、J&J)が推進するDX戦略を解説します。近年、製薬業界でもビッグデータを使った創薬プロセスの変革や、最新のデジタル技術を使った治療アプリなどさまざまな新しいソリューションが開発されており、各社の競争はますます激しくなっています。世界製薬大手のJ&Jでも、デジタルアプリや手術用ロボットの開発などデジタル技術を使ったさまざまな取り組みを発表しています。今回は、J&Jで推進しているDXの取り組みを見ていきます。
J&JにおけるDX推進の取り組みについて
1) さまざまなデジタル企業との協業
J&Jは、小規模なデジタル企業と共同研究を進めたり、開発の支援をしたりなど、さまざまな企業と協業して新たなソリューションを生み出そうとしています。
①デジタルヘルス系スタートアップ企業の支援プロジェクト立ち上げ
J&Jは、予測診断モデルと治療管理デバイスに焦点を当てて、9ヶ月間の「デジタルヘルススタートアップアクセラレーター」というプロジェクトを立ち上げました。このプロジェクトは、主に中東、アフリカ、ヨーロッパの新興企業5社を対象としており、プロジェクトに参加すると、J&Jとパリに拠点を置くiPEPSインキュベーター(脳疾患に特化したイノベーションアクセラレーター)から、9ヶ月間のサポートとメンタリングを受けることができます。このプロジェクトの目的は、すでにイノベーションの最先端にいる企業が、成果に焦点を当てた新しいソリューションを開発するのに必要な専門知識、リソース、サポートを提供することにあります。実力のある新興企業とのパートナーシップを強化することで、厳しいデジタル競争を勝ち抜こうとしています。
②デジタル企業の支援
Koa Health社はJ&Jと共同で、治療抵抗性の大うつ病性障害に対するデジタル認知行動療法(dCBT)に関する研究を進めています。この研究の目標は、テクノロジーを利用して、患者がデジタルメンタルヘルスソリューションに簡単にアクセスできるようにし、患者一人ひとりのニーズを満たすことができるようにすることです。
また、J&Jはサーティ・マディソン社に出資しました。サーティ・マディソン社は、片頭痛、脱毛、胃食道逆流症などの分野の患者向けに、手頃な価格で個別化されたケアモデルを構築することに注力している会社です。この出資により、同社はこのような慢性疾患を持つ人々の生活の質を向上させるための、さらなるイノベーションを実現することが可能になります。
そして、手術前と手術中の手順をシミュレートできる医療画像の3Dモデルを作成する、Visible Patient社を支援することとしました。具体的には、同社の顧客基盤を拡大することで、より多くの外科医に同社の技術を提供し、患者ケアの改善に貢献することを目指しています。デジタル技術は、診断から術前ケア、術後ケア、回復まで、外科手術を通じた患者ケアを改善する上で、重要な役割を果たしています。外科医にリアルタイムの情報を提供できれば、手術をより正確かつ低侵襲にすることが期待できます。
さらに、電子カルテ、保険請求、患者登録、検査結果を分析し、リアルワールドデータやエビデンスに基づいて、規制、政策、価格設定、その他の重要な意思決定のためのデータを作成するAetion社への投資も行っています。これは、医療関係者間の連携を図り、医薬品の安全性、有効性、価値をより良く評価することを狙ったものです。
2) ウェアラブル技術開発の推進
J&Jは、大きな健康問題に対処するための、さまざまなデジタルソリューションを発明しており、ウェアラブル技術も積極的に開発しています。
①アレルギーの発症を予測できるアプリの開発
花粉アレルギーは日本のみならず、海外でもしばしば見られる症状です。花粉症対策としてアレルギー治療薬を服用している人は多いですが、花粉の多少を予測するのが難しく、服用のタイミングがずれてしまうという問題があります。J&Jが開発したアプリAllergyCastは、患者が住んでいる地域で飛散する花粉数と、症状の度合いの予測を提供することで、タイムリーな服薬が可能となります。独自のアルゴリズムを使い、複数の要因を取り込むことで、12段階で症状の度合いを数値化します。また、本アプリはプロファイルを作成できるので、データを長期的に追跡し、アレルギー症状に影響を与える行動パターンなどを特定できます。
②関節リウマチの管理をサポートするウェアラブルトラッカーの開発
J&Jは関節リウマチ患者向けに、RA-RA (Remote Assessment in Rheumatoid Arthritis)と呼ばれるモバイルアプリを開発しました。RA-RAは、FitBitまたはGarminのようなウェアラブルデバイスに連携させることができ、心拍数、歩数、睡眠時間、毎日の関節痛のレベルなどの行動や健康に関する情報を収集します。これらの情報を組み合わせることで、薬の効き具合や、症状が悪化しているのか改善しているのかを知ることができます。現在、ほとんどの患者は、リウマチ専門医を訪問して症状を追っていますが、このアプリを使えば、訪問の合間に毎日の経過を監視し、それを医師と共有することで、患者の全体的な健康状態や治療の効果をより詳細に把握できます。
③血糖値監視アプリの開発
糖尿病を患っている人にとって、血糖値の把握は非常にストレスを感じる作業です。この作業を容易にするため、J&JはiOSとAndroid向けにモバイルアプリOneTouch Revealを開発しました。Bluetooth通信が可能な所定の血糖計で血糖値を測定すると、アプリで測定結果を可視化してくれ、血糖値が高くなる時間帯などに気づくことができます。データは医療関係者と共有することもでき、医師も患者の血糖値の正確な推移を理解できます。
④膝の手術の必要性を判断するデジタルエコシステムの開発
膝の痛みに悩む人は、最初に痛みを感じてから手術するまで7~11年かかりますが、最終的に手術が必要になる人にとっては、早めに手術をすれば膝の痛みからの早期回復が期待できます。J&Jは膝の痛みに悩む患者のために、手術の相談を迅速に行うための対話型の方法を開発しました。まず、所定のWebサイトにアクセスして痛みの強さや期間などの質問に答えると、その結果をもとにサイトは膝の痛みを予測し、手術を医師に相談するか、注射のような衝撃吸収性を高めるための他の治療法を受けるかなど、個別化された治療をアドバイスできます。また、股関節手術や肥満手術を検討している人のための同様のシステムも開発しています。
3) 手術用ロボットの開発
J&Jは、手術を容易に行うための、高精度で安価な手術ロボットの開発を目指しています。開発の目標はハードウェアにとどまらず、デジタル手術のためのプラットフォームになることを目指しています。この目標を達成するために、この開発では、ロボティクス、可視化、高度なインストゥルメンテーション、データ分析、接続性という5つの技術の柱を活用し、大量のデータを利用して、外科医が迅速かつ正確な意思決定を行うのを支援します。
この手術ロボットは、多くの価値を生み出すことが期待されています。第一に、プラットフォームは常に学習し、さまざまな状況に適応することで、外科医に適切なタイミングで最良の情報を提供し、外科医が患者の内部で何を見ているのかを判断するのを助け、今まで不可能だった手術を可能とします。第二に、このプラットフォームは、多くの手術をより多くの人が利用できるようにし、より低いコストでより良い結果を提供することができるため、手術をスキルがない医師でも実施できる可能性を秘めています。第三に、インターネットを介して異なる手術ロボットを接続することで、ロボット間での迅速な学習を促進し、ロボットのスキルを迅速に向上させることができます。長期的に見ると、外科用ロボットが自動化され、医療の生産性が向上する可能性があります。
おわりに
今回は、J&JのDX戦略を紹介しました。他の製薬会社と同様に、J&Jもウェアラブル技術の開発やデジタル企業の支援など、デジタル技術を使った新たなソリューションの開発を進めています。J&Jは、ウェアラブルデバイス用のアプリから手術用ロボットの開発まで、幅広くデジタル技術の開発を進めていますので、その開発動向にぜひ着目しましょう。
参考サイト
Johnson & Johnson launches innovation accelerator for digital health startups
4 Ways Johnson & Johnson Advanced Much-Needed Healthcare Innovations Amid the Pandemic