はじめに
近年、さまざまな業界で、人工知能(AI)を使ったソリューションが開発されています。
製薬業界であれば、ビッグデータを使った創薬プロセスの変革や、最新のデジタル技術を使った治療アプリなどといったソリューションが開発されており、各社の競争はますます激しくなっています。
AIを活用した取り組みはモノやプロセスだけでなく、ネットワーク作りの変革にまで及んでいます。
今回は、AIを活用した医師および研究者の検索サービスMonoclと、ヘルスケア業界の協業によるAI開発を進める日本の産学官連携のコンソーシアムLINCを紹介します。
医師・研究者検索サービスMonoclについて
Monoclとは
Monoclは世界中の医師や研究者あわせて300万人以上をデータベース化し、検索者のニーズに合わせて検索結果を提供するサービスで、スウェーデンが発祥です。
世界で製薬会社を中心に100社以上の企業がMonoclを利用しており、精度の高い検索サービスが注目を集めています。
もともとはスウェーデンのMonocl社が2016年に欧米向けに立ち上げたサービスで、日本には2018年に本格的に進出しました。
2020年には米国のヘルスケア企業であるDefinitive Healthcare社が、Monocl社ごとサービスを買収し、現在に至ります。
Monoclの強み
Monoclはシンプルなデータベースを提供するのではなく、AIや機械学習を活用して検索者のニーズに合致した研究者を、すばやく見つけられる検索サービスであることが強みです。製薬会社が研究開発、市場調査、営業活動などを効率的かつ効果的なものにするため、目的にふさわしい医師や研究者を的確に見つけ、ネットワークを作たいというニーズがあります。
これまでの活動の延長線上でネットワークを作ろうとすると、どうしても探索の範囲が限られるためネットワークに広がりを持たせることができません。
また、新たな関係者と一からネットワークを構築するためには、膨大な時間がかかるうえ、もしその関係者が検索者のニーズに合っていなければ再び別の人を一から探す必要があり、大きな時間のロスにつながります。
しかし、Monoclを使って活用することで、検索者が求める関係者を精度良く見つけることができるので、探索のやり直しがなくなるのは非常に大きいと言えます。また、AIや機械学習を活用することで、頭角を表しつつあるもののまだ世に知られていない若手研究者を、データに基づいて見い出せることも強みです。
研究を開始した時期、その分野で影響力の大きい研究者との共著数、共同研究への参画状況、執筆した論文の評価指標、学会発表実績など、さまざまな情報から対象者の活動をデータに基づいて分析・見える化でき、検索結果がたとえ若手の研究者であったとしても、その選定根拠に説得力を持たせられるのは大きなメリットです。
Monoclのしくみ
Monoclは学術論文、学会情報、臨床試験の情報、企業から医師や研究者への研究資金提供の情報、支給された研究助成金などをデータベース化してします。そのデータベースに対してデータ処理と機械学習の技術を使って、キーワードの抽出、データの標準化、階層化、名寄せなどのデータクリーニング、論文の共著関係など医師や研究者間のネットワークの見える化などを行っています。
検索者はインターネット経由でデータベースを利用でき、必要に応じた絞り込みを行うことで検索者が求める医師や研究者に、迅速にたどり着くことができます。
データベースは毎週更新されるだけでなく、登録される情報を随時増やしており、精度の高い情報が最新の状態で維持されています。
Monoclの用途
Monoclの主なユーザーは製薬会社で、研究開発において社外にアドバイザーやコンサルタントを求める用途でよく利用されています。
検索者がターゲットとする疾患領域において、最大の知識や影響力を持つ医師や研究者をグローバルで絞り込み、ネットワークをつくるために使用されています。
データベースに登録されている論文には分析に使った装置名などの記載もあるので、競合の装置メーカーが自社製品を売り込むためにMonoclを利用する例もあるようです。
今後の動向
Definitive Healthcare社はMonoclを買収してからそのサービスを拡充しており、最近ではMonocl Professional Claims Extensionの提供を開始しました。このサービスは、レセプト情報から広範囲な診療領域における約3年間の請求履歴を従来のMonoclに追加するもので、メディカルアフェアーズの専門家をターゲットにしています。
近年メディカルアフェアーズは、製薬会社や医療機器メーカーにおける製品開発で重要な役割を担っています。
さまざまな医師や研究者の知識や専門性を組み合わせることでメディカルアフェアーズの専門家への情報提供を強化し、製品開発を加速させるための強力な武器となることを目指しているとのことです。
産学官連携コンソーシアムLINCの取り組み
LINCとは
日本の製薬業界はアジア唯一の新薬開発国であり、国際市場においても上位に位置する開発力を有しています。
しかし、医薬品の開発費は増加の一途をたどっており、国際競争力の維持は簡単なものではありません。
このような厳しい競争環境の中では、いかに研究開発費を抑えつつスピードアップを図るかが重要であり、その手段の一つとしてAIによる開発プロセスの効率化や新薬開発の成功率向上が図られています。
しかし、各社単独で進めるには大変困難であり、医薬品開発プロセスにおけるAI開発を日本全体で取り組もうと設立された産学官連携のコンソーシアム(共同事業体)がLife Intelligence Consortium(LINC)です。
LINCは、ライフサイエンス分野の向けにAIやビッグデータ技術を開発することで、ライフサイエンス分野の産業振興と、日本国民の健康寿命を伸ばし生活の質(QOL)向上を目指すことを目的としています。
具体的には、AI開発においてIT業界とライフサイエンス業界のマッチングを促進し、日本のAIを活用することで日本のライフサイエンス業界の競争⼒を増強することや、IT系企業がグローバルでのAI開発競争に勝てる土壌作りを目指しています。
LINCの意義
医薬品の開発プロセスは、ターゲット探索、リード探索、リード最適化、バイオアッセイ、非臨床試験、臨床試験、承認、薬物治療と、多くのプロセスが存在します。
そのため、開発費用は1000億円、開発期間は10年を越える一方、開発の成功確率は2.5万分の1以下と大変難しい仕事です。
そこで、医薬品開発プロセス全体にわたって約30種類のAIを、ワーキンググループで分担し、短期間で一気に開発しようというのがLINCのやろうとしていることです。
各プロセスで多種多様なAIが必要となりますが、アウトプットが個別最適化されていては意味がなく、最終的には開発したAIを連結して全体最適化を目指します。
LINCの設立に至った根底にある危機感は、少子高齢化が進む日本では、生産力の減少と医療費高騰が相まって破綻の一途をたどっており、AIに仕事をしてもらわないといずれ立ち行かなくなる、というものです。
LINCの成果は着実に積み上がっており、効率的な医薬品開発プロセスの構築に貢献することが期待されています。
参加機関
LINCに参加している機関は、製薬会社、総合化学会社、IT系企業、学術機関など多岐に渡っています。
得意分野が異なるメンバーが集まっているので、LINCはメンバーをマッチングし、10ワーキンググループを設立して共同で仕事を進められる場を提供します。
具体的な取り組み
LINCの活動は、「LINC活動領域」と「競争領域」の2つの領域に分かれています。
LINC活動領域では参加費は無料ですが各機関が人材を提供し、マッチングで割り当てられたワーキンググループで他の機関と協調しながら有効なAIを開発することを目指す領域です。
設定したテーマや目標に対して、ライフサイエンス企業がデータや文献を収集してデータベースを構築し、学術機関が研究に対して助言やサポートを行い、IT系企業が機械学習モデルを開発します。
開発したコードなどの著作権はIT系企業の開発者に帰属しますが、学習済みのモデルはコンソーシアム内の全員が利用可能です。
競争領域では、各社の社内データを使ってLINC活動領域で開発したモデルを各社で改良し、各社のニーズに合った独自モデルを作り上げてビジネスにつなげます。
おわりに
今回は、ネットワークの構築に着目してMonoclとLINCの取り組みを紹介しました。
医薬品開発は単独ですべてを成し遂げるのは非常に難しくなっており、他の企業や外部の研究者と協働で進めるべき場面も増えています。
幸い、近年のデジタル技術の進化で、研究者や企業との協業を進めやすい環境が整いつつあります。
今後もいろいろな業界で協業が進むと思われるので、その動きに注目しましょう。
参考サイト
スウェーデンのMonoclが日本でサービス伸張AI利用し研究者・医師を探索、メディカルアフェアーズなど有用
MonoclAIで外部の専門家探索、台頭する若手研究者を発見
Definitive Healthcare Adds Medical Claims Data to Monocl Expert Identification Solution