UCBのDX戦略を解説

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北爪 聖也

株式会社pipon代表取締役。 キャリアはADK(広告代理店)でテレビ広告運用をして残業120時間するが、ネット広告では自分の業務がAIで自動化されていることに驚愕する。そこで、機械学習受託会社に転職し、技術力を身につけた後、piponを創業。現在、製薬業界、大手監査法人、EC業界、様々な業界でAI受託開発事業を運営。

はじめに

今回は、ベルギーの製薬大手であるUCBが推進するDX戦略を解説します。近年、製薬業界でもビッグデータを使った創薬プロセスの変革や、最新のデジタル技術を使った治療アプリなどさまざまな新しいソリューションが開発されており、各社の競争はますます激しくなっています。製薬大手のUCBでも、IT企業との提携やデジタル企業の設立などデジタル技術に関するさまざまな取り組みを発表しています。今回は、UCBで推進しているDXの取り組みを見ていきます。

UCBにおけるDX推進の取り組みについて

1) マイクロソフトとの提携

UCBは自社の持つ開発力を、マイクロソフトの持つコンピュータ、クラウド、人工知能(AI)に関する技術と組み合わせて、候補化合物の発見や医薬品開発の加速を目指しています。創薬プロセスにおいては、高次元のデータセットやマルチモーダルな非構造化データの分析が有効となることがあり、マイクロソフトの持つプラットフォームが、効率的な候補物質の発見をサポートすることを期待しています。

具体的には、両社の最先端の科学、計算能力、AIアルゴリズムを組み合わせることで、膨大な化合物の組み合わせを探索してできるだけ多くの仮説を検証し、効果の見込める化合物の特定に必要な計算サイクルを加速させることを狙っています。今回のプロジェクトでは特に、免疫疾患と神経疾患をターゲットに研究を進めるとのことです。

UCBにとってこの共同研究の目的は、以下の4つです。
・ペイシェントジャーニーを改善する
・疾患の生物学的原因を深く理解し、治療効果を改善する
・データに基づいた知見を体系的に提供し、候補物質を迅速に発見する
・臨床開発期間を短縮する

UCBは、DXを通して科学のイノベーションを強化することで、ペイシェントジャーニーに関する理解を深め、持続可能な方法で患者ごとに個別化・差別化された医療を提供できるようにしたい、とのことです。

2) てんかんに対するデジタル技術の活用

UCBは、神経疾患を重要な疾患領域の一つに位置付けており、豊富な経験と技術力を持っています。特に、てんかんについて、デジタル技術を使ったソリューションの開発を推進しており、さまざまな取り組みがなされています。

① デジタル企業の設立

UCBはデジタル技術で、てんかんの患者、介護者、医療従事者(HCP)を支援する企業Nile AI社を設立しました。Nile社は、すべてのてんかん患者のペイシェントジャーニーを予測可能なものにする、という明確なミッションを掲げています。
Nile社では、患者に安心感を与えるためのてんかんケアマネジメントプラットフォームを開発しており、最終的には最適な治療法確立へのプロセスを短縮することを目標としています。

UCBはてんかんに関する知見を多く持っており、患者が医療従事者とどのようにコミュニケーションを取るべきかなど、患者が日々直面する課題をよく理解しています。Nile社のプラットフォームは、てんかんに関わる人たちに貴重な知見や、より優れたケアマネジメントを提供できると期待されています。

Nile社のデジタルプラットフォームは、患者用アプリとHCPポータルで構成されています。患者用アプリは、患者がケアチームとのつながりを感じ、自身のペイシェントジャーニーについて学び、治療の進捗状況を直観的に把握できるツールです。HCPポータルでは、患者の状態が一目でわかり、次回の診療までの間に患者へ情報を提供して患者をサポートするとともに、データに基づいた治療内容の決定を可能にしてくれます。

てんかん発作の発生を予測することは難しく、てんかん患者は何が起こるか分からない不安な状態で日々を過ごしています。この不確実性に対処するためのケアマネジメントシステムの構築に、このプラットフォームが貢献することを期待されています。

② デジタル技術開発の支援

UCBはてんかんのハッカソンを支援することで、患者のニーズをサポートしたことがあります。ハッカソンとはハック(hack)とマラソン(marathon)を合わせた造語で、プログラマやデザイナーなどがチームを作り、特定のテーマに対して意見やアイデアを出し合うイベントのことです。

UCBは、2015年4月24日~26日にブリュッセルとアトランタで同時開催されたハッカソン「Hack Epilepsy」を後援しました。ハッカソンは、革新的なデジタルヘルスケアソリューションを開発するための効果的な方法として、定着しつつあります。クリエイティブで高いスキルを持つ開発者やデザイナーは、てんかんに悩まされる人々にとって価値のある、実用的で実行可能なプロトタイプを考えるという、共通の目標を共有できたとのことです。

このハッカソンでは、デジタルの専門家がてんかんの専門家や患者と協力して、てんかんの患者をサポートするためのデジタルツールのプロトタイプを作成しました。課題は、以下の4つです。

・てんかんについて、さらにオープンに話せるデジタルコミュニケーションツールを作る
・てんかん患者が発作をうまく管理し、発作の引き金を避ける方法をアドバイスするツールを作る
・てんかんと診断されたばかりの患者に、実用的な情報を提供できる教育ツールを作る
・患者が、てんかんの情報やサポートにたどり着けるナビゲーションツールを作る

UCBはこのハッカソンの後援を通して、デジタル技術者とのネットワークを築け、かつ、新たなソリューション開発の可能性を見い出せたとのことです。

③ 新たなデジタルプラットフォームの採用

UCBは、てんかん患者の患者エンゲージメントを支援するため、Medisafe社のデジタルプラットフォームを採用することとしました。このプラットフォームは、患者が効率的に経済的支援や患者日誌などへアクセスするのをサポートしてくれるもので、UCBはこのプラットフォームを使って、薬物療法の管理を容易したり、症状に応じたコンテンツを提供したりすることで、服薬に問題を抱える患者をサポートすることを狙っています。

UCBでは、てんかんの患者に意義のある効果をもたらすコラボレーションを推進することに、注力しています。Medisafe社のデジタルプラットフォームにより、革新的な方法で患者の健康をナビゲートできると考えています。特に、昨今の新型コロナ危機においては、デジタル技術で患者をサポートできることは、これまで以上に重要であり、てんかん患者とその介護者に個別化された迅速なサポートを提供できることが、大きなメリットと言えます。

Medisafe社のプラットフォームは、約700万人のユーザーが利用しており、そのリアルワールドデータを使った服薬管理プログラムは、患者の治療行動に影響を与えています。今後、UCBはMedisafe社と協力して、患者が治療期間中に支援やコミュニティへの参加機会を得られるようなコンテンツを提供することで、プラットフォームの認知度を高め、患者エンゲージメントを促進していくとのことです。

おわりに

今回は、UCBのDX戦略を紹介しました。UCBは自社の強みである神経疾患の領域で、デジタル技術の展開を進めています。疾患領域を特定してリソースを集中させる取り組みに、今後も注目していきましょう。

参考サイト

UCB and Microsoft Expand Collaboration to Accelerate Drug Discovery and Development

UCB Announces Launch of Nile AI, Inc., a Digital Health Company Set to Transform the Course of Epilepsy

UCB leads epilepsy hackathon to support patient needs through digital tools and services

UCB taps Medisafe in development of digital companion to support patient engagement