塩野義製薬のDX戦略を解説

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北爪 聖也

株式会社pipon代表取締役。 キャリアはADK(広告代理店)でテレビ広告運用をして残業120時間するが、ネット広告では自分の業務がAIで自動化されていることに驚愕する。そこで、機械学習受託会社に転職し、技術力を身につけた後、piponを創業。現在、製薬業界、大手監査法人、EC業界、様々な業界でAI受託開発事業を運営。

はじめに

今回は、製薬大手の塩野義製薬株式会社(以下、塩野義製薬)が推進しているDX戦略を解説します。医薬品には高い安全性が求められることから、製薬業界は規制の壁が厚く、他の業界と比べると、デジタルを活用を進めにくい事業環境と言えます。しかし、海外ではデジタルを活用した、新しいビジネスモデルが広がっており、製薬業界にも着実にデジタル化の波が押し寄せています。
今回は、製薬大手の塩野義製薬で推進しているDXの取り組みを見ていきます。

塩野義製薬におけるDX推進の取り組みについて

塩野義製薬では、本社のIT部門と子会社のIT部門を統合してグループ内のIT部門を独立させたり、社外のIT企業の支援を受けたりと、DXを推進すべくさまざまな取り組みが進められています。

1) IT部門の集約

上述のとおり、塩野義製薬では2017年に本社のIT部門と子会社のIT部門を統合・独立させ、シオノギデジタルサイエンス社を設立しました。これにより、以下のような効果が期待できます。

①ビジネス部門とIT部門によい緊張関係を作る

従来のIT部門は「Howを考える」文化で、ビジネス部門には「言われたことだけをやる組織」と見られていました。
本社のIT戦略企画部門とグループ内のシステム管理会社を統合することで、IT部門内でのコミュニケーションが円滑となり、ビジネス部門の計画に対して「No」が言えるようになってきました。

②IT専門家の求人を容易にする

ITの専門家は製薬会社の求人には、あまり応募しない傾向があります。しかし、ITの専門会社を作り、ITを前面に押し出すことで、IT専門家が求人に応じやすくなりました。

③IT人材を効率的に育成する

IT部門の集約で、人材育成を計画的に進められるようになりました。また、コンサルティング会社であるアクセンチュア社と戦略的パートナーシップを結び、人材育成を含めてIT機能強化のための支援を受けています。
アクセンチュア社に1年間出向し、会社の外の世界を経験させる「武者修行」など、ユニークな試みで、スキルを伸ばしています。アクセンチュア社との積極的な人材交流を通じて、デジタル化の推進に必要な人材の育成を進めています。

2) 人工知能(AI)を活用した新薬の開発

新薬を開発するには、多額の費用と長い期間が必要です。新しい化合物を開発しても、最終的に市場に出せる確率は10%以下とも言われており、新薬の開発は製薬会社にとって大きな負担となっています。
そこで、塩野義製薬では、化合物探索のプロセスでAIの活用の検討を進めています。AIの活用により、新薬の候補となる化合物を絞り込むことができるので、初期の開発期間を大幅に短縮可能となり、開発競争の激しい中で大きなメリットとなります。
例えば、塩野義製薬は新型コロナの治療薬を開発していますが、AI開発のシンセティックゲシュタルト社が保有するAI創薬技術を生かして治療薬の候補物質を探索しており、2020年度中に臨床試験に入ることを目指しています。

3) 規制緩和を見据えたDXの推進

製薬業界は、規制が多いことで知られています。通常の消費財であれば、SNSなどさまざまな媒体を使って、自社の言いたいことを消費者にアピールできますが、製薬会社は患者に自由にアクセスできませんし、SNSなどを使って好きなように宣伝もできません。このような規制が、製薬業界でDX推進の障害となっていると言えます。
しかし、海外では製薬業界に対する規制が緩和されてきており、日本でも規制の緩和が期待されます。
塩野義製薬では将来の規制緩和を見据えて、人々の生活の中から実験データを集める検討など、デジタルを技術を使ったさまざまな取り組みを検討しています。

4) デジタル治療用アプリへの参入

塩野義製薬は、米国ボストンのAkili社が開発したデジタル治療アプリ「AKL-T01」の独占的開発権・販売権を持っていますが、本アプリが米国食品医薬品局(FDA)に小児ADHDの不注意症状の改善に適応すると、承認されました。本アプリはゲームプレイを通してADHDの症状を診断する、世界初のゲームベースのデジタル治療用アプリで、「実行機能」の改善を目指す認知トレーニングに効果があると期待されています。
塩野義製薬では、本アプリを日本に導入できるように開発を進めており、臨床試験を実施中です。

5) デジタルを活用した社会貢献

塩野義製薬は、医薬品のみを提供するのでなく、患者が求めるソリューションを提供する企業になることを目指し、中国平安保険と合弁会社を設立することとしました。
中国平安保険は、AIやビッグデータを基に独自でヘルスケアのエコシステムを確立しており、同社とともに、ヘルスケアプラットフォーム(ヘルスケア情報連携基盤)の構築を目指すとのことです。
塩野義製薬は感染症治療薬の開発で有名ですが、新薬を開発するだけでなく、診断や予防、重症化を防いで初めて感染症カンパニーになれる、と考えており、ソリューション提供型のヘルスケアプラットフォーマーとして、新たな付加価値を生み出すとともに、社会貢献することを狙っています。

おわりに

今回は、塩野義製薬のDX戦略を紹介しました。塩野義製薬は、自前主義にこだわらず、さまざまなパートナー会社と協業しながら、製薬ビジネスの変革に挑んでいます。患者の安全を守るために、さまざまな規制が存在する製薬業界において、塩野義製薬の取り組みがどのように製薬ビジネスを変えていくのかを注目しましょう。

参考サイト

塩野義製薬 独占的開発・販売権を持つADHDのデジタル治療用アプリをFDAが承認 ゲームベースで初

製薬業界を内から変えるシオノギの挑戦

塩野義製薬・手代木社長 中国平安保険との協業でビジネス変革目指す ソリューション創出・提供企業へ